エネルギーシステムトレーニング(乳酸性機構Vol.3)

前回までに乳酸性機構のエネルギー出力の仕組みとクライミングレーニングを確認してきました。今回は、乳酸性機構によるエネルギー出力を長持ちさせるサプリメントであるベータアラニについて紹介します。

ベータアラニンが日本のクライミングシーンで市民権を得たのは、ご多分に漏れず、故新井祐己さんのRock&Snow連載「ハードコア人体実験室」でした。連載での紹介から10余年を経ても、概ね大きなアップデートはなく、連載を読んでいた方にはほぼおさらいになります(研究の最新状況について、少しだけアップデートあり)。

水素イオンによる酸性化を防ぐ仕組み(細胞内バッファリング)

前々回の記事で、以下の2点を確認しました。

  • 高強度の運動を継続すると筋細胞内が水素イオンの蓄積により酸性化して乳酸性機構のエネルギー生産が抑制される
  • LDHA・MCTの働きにより水素イオンを除去することで、筋細胞内が酸性に傾くことを遅らせて、できるだけ乳酸性機構によるエネルギー生産を継続させることができる

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乳酸性機構の生化学反応全体像


実は、上記の図には割愛してますが、水素イオンの蓄積に抵抗して筋細胞内の酸性化を防ぐ仕組みはもう一つあります。それは細胞内バッファリングと呼ばれるものです。

筋細胞内にはカルノシンという物質が存在しています。カルノシンの作用として、pHの緩衝作用があります。緩衝作用とはざっくり言うと、pHを変化させる物質が増えたときに、その物質を吸収してpHの変化を抑制するような作用です。高強度の運動が継続し乳酸性機構が動き始めると水素イオンが発生しますが、カルノシンの緩衝作用により一定量までは水素イオンが増えてもpHが変化せず(酸性に傾かず)、これを細胞内バッファリングと言います。

筋細胞内のカルノシン量が多いほど、緩衝作用が長持ちして、筋細胞内が酸性に傾くのを防ぐことができ、乳酸性機構によるエネルギー生産を継続できます。

サプリメント(ベータアラニン)によるカルノシン量の増量

カルノシン量はトレーニングでも若干増やすことが可能ですが、手っ取り早い方法としてはサプリメント摂取で増やすことができます。カルノシン自体もサプリメントとして販売されているのですが、カルノシンは摂取すると体内でベータアラニンとヒスチジンという物質に分解されてからカルノシンに再合成されるので、ベータアラニンとヒスチジンを摂取した方が効率的です。さらに、ヒスチジンは体内に十分な量がありますので、ベータアラニンのみを摂取すれば必要十分です。

1回2グラム以下で、1日に2~3回摂取、合計4~6グラム/日を摂取することが、国際スポーツ栄養学会(ISSN)の推奨する摂取量です。トレーニング強度を上げるためにトレーニング前に摂取するプレワークアウトドリンクに良く配合されているのですが、飲んだらすぐに効果があるものではありません。摂取を継続(ローディング)すると、4週間以上で40%‐60%カルノシン量が増加すると言われていますので、ワークアウトの前に飲むよりは、毎食後とか食間などで毎日飲む習慣をつけた方がよいでしょう。

副作用

ベータアラニンは比較的安全なサプリメントとされています。16週間程度の長期間継続摂取で健康影響が見られなかった報告[1]もあり、人体に有害な副作用は殆ど報告されていません

知覚異常

有害ではありませんが、副作用として有名なのはベータアラニンフラッシュという知覚異常です。ベータアラニンを摂取すると、10分程度で手などの皮膚からピリピリした感覚が発生します。ほどなく収まりますし、健康に影響はないと言われていますが、気になる人は一回の摂取量を0.8g以下にすることでピリピリ感をやわらげることができるようです。管理人は長く飲み続けていて、ピリピリ感には慣れて気にならなくなりました。

タウリン吸収を阻害する可能性

こちらはRock&Snow No.39「ハードコア人体実験室」の最終回で一言だけ言及のあった件です。タウリンは、各種栄養ドリンクに配合されていることでなじみ深い成分ですが、運動中の筋肉疲労を減少する効果が期待でき、プレワークアウトドリンクにもよく配合されています。

ベータアラニンとタウリンは、筋細胞内に取り込むトランスポーターが同一であり、同時に摂取すると片方がもう一方の吸収を阻害する可能性があるというものです。

こちらについては、長期的にはあまり影響なさそうという論文が発表されてたりします[2]。25人の健康な男子が24週間ベータアラニンを継続摂取させても、体内タウリン量は大きな影響を受けなかったというものです。タウリンをプレワークアウトドリンクなどで摂取している人は、気になるようであればベータアラニン摂取は別タイミングにするなどすればよいでしょう。

まとめ

  • カルノシンは筋細胞内の酸性化を防ぐ細胞内バッファリンングの効果を発揮する
  • カルノシン量が増えると乳酸性機構によるエネルギー生産を長続きさせる効果がある 
  • カルノシン量の増加にはベータアラニンを4週間以上1日4~6グラム摂取するのが効果的
  • ベータアラニンは、健康に害があったりトレーニング効果に悪影響を及ぼす副作用はほぼ無い

ベータアラニンは副作用が少なく、持久力を高めることのできるサプリメントになります。摂取をやめればカルノシン量も元に戻ると言われていますので、サプリメント使用に対する抵抗感が無ければ、試しに使用してみてはいかがでしょうか。

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。

 

[1] Nutritional Strategies to Modulate Intracellular and Extracellular Buffering Capacity During High-Intensity Exercise

[2] 24-Week β-alanine ingestion does not affect muscle taurine or clinical blood parameters in healthy males | SpringerLink

 

 

エネルギーシステムトレーニング(乳酸性機構vol.2)

前回は、運動時に体内で起きている乳酸性機構の生理学的なメカニズムを紹介しました。今回はそのメカニズムをふまえて、30秒以上ハイパワーを継続するクライミングに適応するための効率的なトレーニング方法論を紹介します。

 

前回までの記事は以下を参照ください。

エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(全体像) - May the friction be with you!

エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(ATP-CP機構 vol.1) - May the friction be with you!

エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(ATP-CP機構 vol.2) - May the friction be with you!

エネルギーシステムトレーニング(乳酸性機構vol.1) - May the friction be with you!

 

今回の記事もEric HörstのPodcastの内容を咀嚼してまとめたものになります。生化学の単語が聞き慣れない事を除けば、発音が明瞭で聞き取りやすい英語なので、興味のある方は聞いてみてください。

trainingforclimbing.libsyn.com

 

乳酸性機構の生化学反応のおさらい

前回のブログ記事にて、乳酸性機構の生化学反応を確認しました。ざっくりおさらいすると、以下のようになります。

  • PFKという酵素が活性化することで乳酸性機構によるエネルギー生産が活発に動くようになる
  • 乳酸性機構によるエネルギー生産が進むと水素イオンが生成されて筋細胞内が酸性に傾いていく
  • 筋細胞内が酸性になると、PFKの活性が抑制されて乳酸性機構によるエネルギー生成が継続できなくなる
  • LDHAという酵素MCTというトランスポーターの働きにより、水素イオンを筋細胞内から除去することができ、乳酸性機構によるエネルギー生産を長続きさせることができる

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乳酸性機構の生化学反応全体像

乳酸性機構のトレーニングのポイント

乳酸性機構は、前回述べたとおり、数十秒以上継続するハイパワー出力が必要な運動において活性化します。このように、ハイパワーかつ一定期間継続する持久力も必要となる運動の性質をパワーエンデュアランスと呼びます。

数十秒以上とひとくくりにしましたが、乳酸性機構が動き始めるフェーズである10秒~30秒で終了するクライミングと、水素イオンが蓄積して乳酸性機構の活動が抑制されるフェーズである60秒程度継続するクライミングでは、強化したいポイントが異なってきます。

それぞれのトレーニング効果を理解しやすくするため、Eric Hörstはパワーエンデュアランスを3つのカテゴリーに分類しています。それぞれのトレーニング方法と効果を以下に記します。

ハイエンドパワーエンデュアランス

定義と特徴

ハイエンドパワーエンデュアランスは、ボルダリングや、ルート中の短い核心パートのように、15-30秒程度ハイパワー出力が継続する運動と定義します。

ハイパワーの運動が5秒程度継続すると、ATP-CP機構によるATP生産が徐々にストップしていきます。ハイパワーの運動を継続するため、乳酸性機構によるATP生産が主役となっていきます。この乳酸性機構の序章とも言えるフェーズでは、できるだけ短期間で多くのATPを生産することができれば、より強いパワーを出力することができるようにります。そのため、ATPを生産する反応を触媒する酵素であるPFKを活性化するトレーニングを行います

レーニング内容

実際に15秒~30秒程度かかる強度の高いクライミング動作を繰り返すことでトレーニングします。

ボルダリングで行うならば、完登に15秒から30秒かかる課題を数課題選んで、10~15セット登ります。セット間レストは5分程度しっかり休み、各トライで発生した水素イオンがしっかり除去されるように注意します。体に負荷がかかる時間が短すぎると意味がないので、すぐに落ちてしまうような難しい課題ではトレーニングになりません。とはいえ、ハイパワー出力が必要となる課題である必要もあるので、適切な難易度の課題を選定することが重要となります。10~15セット繰り返して、最終セットでも完登もしくは完登に近い高度まで達することができる範囲で、できるだけ難しい難易度の課題を選定するようにしましょう。

ハングボードで行うならば、7秒ぶら下がって3秒休みを3回繰り返すのを1セットとして、同じように10~15セット行います。1セットの時間が30秒で、ボルダリングの場合と同様の負荷量となります。こちらも10~15セット繰り返すことがぎりぎりできる強度となるように、重り等をぶら下げるなどして負荷を調整します。

どちらも高強度のトライをしっかりレストして行うため、パンプはあまり感じないのがポイントです。パンプするようならレストが足りなかったり各トライの時間が長かったりするかもしれません。 

インターミディエイトパワーエンデュアランス

定義と特徴

インターミディエイトパワーエンデュアランスは、40秒~60秒程度ハイパワー出力を継続する運動と定義します。ボルダリングでも少し長めの課題になってきます。

40秒~60秒程度ハイパワー出力を継続するには、蓄積する水素イオンをできるだけ効率的に除去し、乳酸性機構によるエネルギー生産が抑制されないようにすることが重要になります。そのため、水素イオンを除去する反応を進めることのできる、LDHAとMCT1を活性化するトレーニングを行います

レーニング内容

実際に40秒~60秒程度かかる強度の高いクライミング動作を繰り返すことでトレーニングします。ハイエンドパワーエンデュアランスより各セットの強度は落とし、中強度程度とします。

通常のボルダリング、ムーンボード、強度を落としたキャンパシングなどが有効です。40秒~60秒程度を1セットとし、4セット~12回繰り返します。レスト感覚は5分程度とし、各セットで蓄積した水素イオン、乳酸が筋細胞内からしっかり除去されるように注意します。目標のセット数がぎりぎり達成できるように、課題の強度・時間を調整することで、全セットを終えるとパンプを感じます。

ハングボードであれば、7秒ぶら下がって3秒休むのを6回繰り返すのを1セットとすれば、60秒程度の負荷とすることができます。

ロングパワーエンデュアランス

定義と特徴

ロングパワーエンデュアランスは、60秒~180秒程度、できる限りハイパワー出力を継続する運動と定義します。レストしづらいルートクライミングのイメージです。

この長さになってくると、水素イオンも乳酸も蓄積されてきた状況下で如何に動き続けることができるか、という古典的な乳酸耐性を鍛えることがポイントとなります。酸性に筋細胞内が傾きかけた状態でも、乳酸性機構を継続するためのPFK、LDHA、MCTといった物質が活性化して動き続けることができるようにトレーニンします。

このトレーニングは筋細胞内が酸性の状態で限界まで動き続けるので、ひどくパンプするのが特徴です。

レーニング内容

これ以上ハイパワーが出ない状態まで筋細胞内が酸性になるように追い込んで動き続ける事が、適応のトリガーになります

リードクライミングボルダリングの繋げものが最適なトレーニングになります。2分程度継続する課題を選択して登りますが、酸性状態に追い込むのが目的なので、登っている最中にガバホールドがあってもレストはしないようにします。シェイクもなるべくしないようにしましょう。1トライごとに、6分から10分、しっかりレストするようにします。

また、4×4(フォーパイフォー)も有効です。4×4は、4つのボルダー課題を、課題間のレストも含めて1課題1分、4課題合わせて4分で登るのを1セットとします。1セット登ったら4分レストしてまたセットを繰り返し、4セット程度行います。

ハングボードで行うならば、15秒ぶら下がって5秒休むのを8回程度繰り返すのを1セット行うのがよいでしょう。

効果はすぐに出るが持続しにくい

ロングパワーエンデュアランスの特徴は、1〜2回のトレーニングにすぐに反応し、目に見えて持久力が上がる事です。その分、頭打ちになるのも早く、4週間以上ロングパワーエンデュアランスのサイクルを続けても、それ以上向上はしないので、別のトレーニングにシフトするべきです。視点を変えれば、目標となる課題に向けたトレーニングの仕上げとして行うのが効果的です。

注意点

ロングパワーエンデュアランスはとてもパンプするため、トレーニングしている実感が感じられますが、オーバートレーニングに陥りやすい点は注意が必要です。週2回、多くても3回程度に留めておくのが適正です。それ以上やると、過度に酸性状態にさらされる事で、酵素ミトコンドリアがダメージを受けて働きが悪くなり、逆に持久力が落ちていきます

まとめ

  • 乳酸性機構のトレーニングは、ハイパワーの継続する時間によって、ハイエンドパワーエンデュアランス、インターミディエイトパワーエンデュアランス、ロングパワーエンデュアランスに分けられる
  • ハイエンドパワーエンデュアランスはPFKの活性化を目標に、20〜30秒の高強度クライミングを行う
  • インターミディエイトパワーエンデュアランスは、LDHA・MCTの活性化を目標に、40〜60秒の中強度クライミングを行う
  • ロングパワーエンデュアランスは、酸性状態で動き続ける2分程度のクライミングを行う
  • ロングパワーエンデュアランスは効果が出やすいが頭打ちも早いので長期間行わない

一口にパワーエンデュアランスと言っても、運動の持続時間と強度によって鍛えられる要素が異なってきます。行なっているトレーニングが目的に則しているのか意識して、効率的にトレーニングを組み立てたいところです。

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。

エネルギーシステムトレーニング(乳酸性機構vol.1)

だいぶ間が空いてしまいましたが、以前紹介したエネルギーシステムトレーニングの続きです。

今回は乳酸性機構です。瞬発系の運動と持久系の運動の中間にあたるような運動で主役となります。今回は体内での生化学的なメカニズムを確認し、次回はメカニズムをふまえた最適なトレーニングの方法論を紹介予定です。

エネルギーシステムトレーニングの今までの記事は以下を参照ください。

エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(全体像) - May the friction be with you!

エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(ATP-CP機構 vol.1) - May the friction be with you!

エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(ATP-CP機構 vol.2) - May the friction be with you!

今回の記事もEric HörstのPodcastの内容を咀嚼してまとめたものになります。生化学の単語が聞き慣れない事を除けば、発音が明瞭で聞き取りやすい英語なので、興味のある方は聞いてみてください。

trainingforclimbing.libsyn.com

 

エネルギーシステムにおける乳酸性機構の位置づけ(おさらい)

乳酸性機構は、人体のエネルギー源であるATPを生成する生体内のエネルギー生成経路のうち、30秒から1分程度の激しい運動で主役となる機構です。ATP-CP機構には劣るものの、数10秒〜1分程度持続可能、且つピークパワーの70〜90%の出力が可能なため、10手前後のボルダーやルートの核心部において、エネルギー生産の主役となります。

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激しい運動を行うと、開始直後は、最も素早くエネルギー生産が可能なATP-CP機構が主役となってエネルギーを供給します。しかし、ATP-CP機構によるエネルギー生産は10秒未満しか継続できないので、開始5秒くらいすると、乳酸性機構でのエネルギー生産が活性化されて主役の座を交代していきます。1分程度継続すると、水素イオンが蓄積して筋細胞内が酸性に傾き、乳酸性機構が徐々にフェードアウトし、有酸素機構がエネルギー生産の主役に変わります。

ピークパワーの50%を上回る出力を行うと、周囲の血管が閉塞され酸素供給ができなくなるため、必然的にATP-CP機構もしくは乳酸性機構でエネルギー供給されます。逆に、筋細胞内が酸性に傾き乳酸性機構でのATP生産がフェードアウトしていくと、パワーの出力が下がり、血流が戻って有酸素機構が動き始めます。しかしながらパワー出力は落ちているので、ルートの核心でそのような状況になったとしたら、それは指が開いてフォールする時、ということになります。

乳酸性機構の生化学的なメカニズム

乳酸やATPは、炭素や水素などの分子が結合した化合物です。「生化学的な」というのは、生体内でこれらの化合物がどのように反応しているかを見ていくということになります。若干複雑ですが、クライミングレーニングの持続時間や反泊回数を最適化しようとすると、トレーニング中に生体内で起こっている生化学的な反応をある程度理解しておくことは有効ですので、概要を紹介します。若干不正確なところはあると思いますがご容赦ください。

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乳酸性機構の生化学反応全体像

上の図が乳酸性機構の生化学的反応全体像です。ざっくり言うとグルコース(糖分)をインプットにエネルギー(ATP)を生産し、副産物としてピルビン酸、水素イオン、乳酸ができます。乳酸、ピルビン酸は、酸素が供給されると有酸素機構のインプットにもなります。有酸素機構はまた改めて別のブログ記事で紹介しますので、今回は詳細を省きます。

この反応には、いくつかの酵素やトランスポーターが重要な役割を果たしています。酵素は化学反応を促進(触媒)する物質で、トランスポーターは組織間で物質を輸送する物質です。それぞれの働きを最適化することが乳酸性機構のトレーニングのポイントにつながりますので、それぞれを少し詳しく説明します。

PFKによるピルビン酸生成(解糖系)

まず、乳酸性機構をスタートさせるトリガーとなるのが、PFK(ホスホフルクトキナーゼ)という酵素です。ATP-CP機構により筋細胞内に存在していたATPが消費・分解されてADPとリン酸が増加すると、PFKが活性化し、グルコースをピルビン酸に分解してATPを生産する反応が進みます。この反応は糖を分解するので解糖系と呼ばれ、一つのグルコースから2つのATPを取り出す事ができます。

この解糖系は、無尽蔵に反応が進むことはありません。ピルビン酸とともにできる水素イオン(H+)が蓄積して筋細胞内が酸性に傾くと、PFKの働きが非活性化して、反応が進まなくなります。人体の仕組み上、体を一定の状態に保つ傾向(恒常性、ホメオスタシス)があります。筋細胞内も極端に酸性に傾かないようにPFKがフィードバック制御しているのです。

LDHAによる乳酸の生成

水素イオンが蓄積すると解糖系によるエネルギー生産ができなくなるので、できるだけ解糖系を継続するために水素イオンを筋細胞内から除去する必要があります。そのための仕組みとして筋細胞と筋細胞の間に水素イオンを溜めておくことが少しだけできるのですが、大した量では無いので、別の仕組みが重要になります。

激しい運動を行なっていて無酸素の状態では、ピルビン酸と水素イオンから乳酸を生成することで水素イオンを除去する反応が進みます。この反応を促進する酵素LDHA(乳酸デヒドロゲナーゼという酵素です。

LDHAによる反応は可逆です。どういうことかというと、無酸素の状況では乳酸を生成する方向に反応が進みますが、酸素供給されると、溜まった乳酸からピルビン酸と水素イオンを生成する方向に進みます。水素イオンが増えると酸性に傾いてよくないのでは、と感じますが、酸素供給されている状況なので、有酸素機構がピルビン酸と水素イオンを消費できます。余談ですが、クライミングの核心シーケンスで少しでも手をシェイクできると、筋細胞内に酸素が供給されて水素イオンを除去してくれるので、解糖系によるハイパワーのATP生産が長持ちするのです。

MCTによる乳酸の移送と再利用

乳酸はかつては疲労の原因物質と言われたこともありましたが、現在はその考えは否定されています。LDHAにより生成された乳酸は、MCT(乳酸トランスポーター)というタンパク質によって筋細胞外に移送され、乳酸を燃料として活動する遅筋や心臓・腎臓などの臓器で有酸素機構に取り込まれてエネルギー生産に再利用されます。また、肝臓では乳酸がグルコースに再変換されるので、再び解糖系のインプットとして利用することができるようになります。

MCTは乳酸を筋細胞外へ移送する際に、水素イオンも一緒に移送します。そのため、解糖系が動き続けるために、筋細胞が酸性に傾くのを防ぐ効果も有しています。

水素イオンがキーファクター

ここまで乳酸性機構で重要な役割を果たす二つの酵素(PFK、LDHA)と一つのトランスポーター(MCT )の働きを見てきました。これらは全て水素イオンの量に係る反応です。

PFKは、水素イオンの量が増えると解糖系のエネルギー生産を抑制します。LDHAと MCTは筋細胞内の水素イオン量を減らして解糖系のエネルギー生産を長引かせる事ができます。この仕組みを理解して、数十秒程度継続するハイパワークライミングのトレーニングは、これらの酵素の活動を活性化する事を念頭にワークを組み立てることになるのですが、それは次回に紹介します。

まとめ

  • 乳酸性機構は数十秒から1分程度の激しい運動で主役となるエネルギー生成機構
  • 水素イオンが筋細胞内に蓄積すると乳酸性機構を促進しているPFKの働きが弱まり、エネルギー生産が抑制される
  • 無酸素の環境下では、LDHAという酵素MCTというトランスポーターが、水素イオンを除去する反応を促進している

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。

 

 

 

 

 

 

2020年目標の再設定と年末に向けたピリオダイゼーション計画

 

前回前々回で管理人の肩のリハビリの状況を共有しました。その中で少し触れたのが左右中指の関節炎です。昨年の10月に1ヶ月のレストを行い、一気に治してしまいたかったのですが、完全に治りきらずに一年近く経ってしまいました。結果として、自身の弱い環と捉えている保持力のトレーニングは遅々として進まず、痛みの出ない範囲のリハビリ的なトレーニング・クライミングが続いています。

年内に達成したいクライミングの目標を見据え、改めてこの故障と向き合って治した上で進むのが最も早道と考え、計画的に取り組むこととしましたので、その内容を今回は紹介します。

2020年目標の振り返りと再設定

2020年の目標は、本ブログの立ち上げ前に、以前書いていたブログにエントリーしていました。その中で全体目標としては以下二点を挙げました。

8月時点で両方未達の状況です。残り4か月で両方達成するのは厳しく感じるのと、そもそもボルダリング検定は今年は開催されない可能性もあることから、一点目の「二段の課題を一本完登する」に目標を絞ることにします。

また、目標達成に向けた指標として、怪我の状況を以下4点トラッキングすることとしていました。

  1. 肩インピンジメント 現状維持し、クライミングを通して痛みが出ない
  2. 指PIP腫れ 現状維持し、クライミングを通して痛みが出ない
  3. 左ゴルフ肘 治癒し、クライミングを通して痛みが出ない
  4. その他、新たな故障部位を作らない

このうち1、3、4は達成できていますが、2が未達で、登るたびに左右中指のPIP関節炎の痛みに悩まされています。やはり今あらためてしっかり治してから次に進みたいところです。

年末に向けたピリオダイゼーション計画

計画を組むにあたり、今まできちんと実行したことのなかったピリオダイゼーションの考え方を組み入れています。ピリオダイゼーションについては、知識としては知っていましたし、なんとなく頭の中で一定期間毎にトレーニング内容を変化させることはやってましたが、きちんと計画を可視化して実行したことはなかったので、この機会にやってみることにしました。

ピリオダイゼーションの組み方については、様々なクライミングレーニング書籍で解説されていますが、PUMPクライマーズアカデミーから出ているクライマーズ・バイブルが最も包括的かつ具体的にまとまっており、今回の計画の参考にしました(ピリオダイゼーションを含むプランニングは下巻に収録)。

pump.ocnk.net

全体スケジュール

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2020年末までのピリオダイゼーション

クライマーズ・バイブルではピリオダイゼーション・サイクルを大きく以下4種類に分類しています。

  • クロサイクル・・・1年間のスケジュール
  • バイサイクル・・・2~4か月
  • メゾサイクル・・・4~8週間
  • マイクロサイクル・・・1週間

今回、2020年末までの4か月強の期間になりますので、バイサイクルを基本にスケジュールを組み立てます。今回、指の関節炎解消のためのレストをスタート地点として、3~4週間単位ごとに、回復系能力(ローカル・エンデュランス)、瞬発系能力(ビルドアップ/マックスパワー)、持久系能力(ミドル・エンデュランス)をターゲットとしたトレーニングサイクルを設定します。

12月は最も集中して岩場の課題に取り組む期間としたいことから、ピーク維持のため、DUPサイクルとします。DUPサイクルはマイクロサイクルの組み立て方の1種です。1週間の中でボルダリング、ミドル・エンデュランス、ローカル・エンデュランスをミックスして行うもので、ピークのキープが主目的となります。

個別スケジュール

レスト

今回の計画で最も重要な期間なので、痛みの改善をチェックし、必要に応じて延伸します。この期間に、いくつか関節炎に対する新しいケアも試みるつもりです。

保持力

管理人の弱点は山程ありますが、最も弱い環は保持力と捉えています。以前紹介した保持力とクライミンググレードの相関アンケート結果に当てはめると、管理人の保持力は、V7程度を登るクライマーの平均値に比べるとかなり低く、個別のプログラムを組む価値はありそうです。

保持力トレーニングのメソッドは、基本は、本ブログでも何度か取り上げている、

Dr. Tyler Nelson: The "Simplest" Finger Training Program - TrainingBeta

に沿って行うつもりです。

指のレスト明けにおいては、腱/靭帯などの軟部組織回復を穏やかに行いたいので、30秒程度継続できる負荷のぶら下がり(Duration Hangs)を4週間ほど組んでいます。

その後、最大出力を鍛えるRecruitment Pulls、接触筋力を鍛えるSpeed Pullsを行った後、持久力強化としてRepeatersを行います。RepeatersはTyler Nelsonのプログラムには含まれませんが、7秒ぶら下がり3秒レストを6回繰り返す持久力強化を目的としたトレーニングです。

引きつけ

全体スケジュールのビルドアップ/マックスパワー期に合わせて加重懸垂やロックオフトレーニングを行うのに加え、仕上げにPower pullupsを行う期間を設定します。Power pullupsはストレングスだけではなくパワーも鍛える - May the friction be with you!でも紹介しましたが、スピードを意識した懸垂で、デッドポイントで求められる素早い引きつけを見据えたトレーニングです。

ジム

全体スケジュールに沿った負荷・量を設定するようにします。管理人の場合、ホームジムの2級を登るのに30分〜2時間程度かかるので、マックスパワー期にそのグレードをターゲットにしています。

またミドル・エンデュランス期は4×4をやるつもりです。登りとレスト合わせた1課題あたりの時間を1分として、1分×4課題を4セット行います(セット間のレストは4分)。

岩場

ピークを12月に設定していますが、それまでも具体的なターゲット課題を定めるために岩場には行くつもりです。元々、月に1〜2回行くくらいなので、トレーニングの大きな妨げにはならないと想定しています。

継続トレーニン

体幹、脚力、柔軟性のトレーニングは、1週間だけ完全レストを入れますが、その後は全期間で追い込みすぎないように継続します。

実行にあたって心がけること

上で立てた計画は全体計画なので、週ごとのスケジューリングとワークはスプレッドシートに記載して、チェックシート形式で実行管理していきます。実行管理はぶっちゃけ始めたのはここ2年くらいですが、単純だけど強力なツールと実感しています。計画は絵に書いた餅にならないように実行する事が大事ですので、今回もきちんと遂行できるように管理していきます。

 

肩のリハビリの記録(後編)

 前回は、肩のリハビリの記録として、管理人の肩の症状・診断結果・治癒までのタイムラインなどを紹介しました。今回は、具体的に行ったリハビリ内容や、リハビリ終了後も故障予防のために継続しているエクササイズを紹介します。各エクササイズの理論的な背景に踏み込むと長くなりすぎるので、どんなエクササイズを行っているかという点に絞って説明します。

前回の記事をご覧になっていない方はこちらをどうぞ。 

takato77.hatenablog.com

整形外科受診中のリハビリメニュー

スポーツ整形には、初回と最終回の診察も含めて、1週間から2週間に1度のペースで、合計5回リハビリに通いました。リハビリでは徒手でのマッサージやストレッチを肩まわりに施され、可動域の改善状況を確認してもらいましたが、基本的には指示されたリハビリメニューを毎日自宅で継続することで、症状を改善していきました。

リハビリメニューは、痛みがなくなることを目標として、以下二点をポイントに指導されました。

  • 肩甲骨の可動性改善
  • 後方組織の硬さ改善

具体的なメニューを以下に記します。それぞれリハビリ期間中は1日3セットで15分程度、リハビリ完了後は1日1セットで5分程度をデイリーケアとして継続しています。 

前鋸筋トレーニン

前鋸筋は脇の下の筋肉で、エクササイズ内容は、柔らかいボールを壁に押し付けて、肩を起点に細かく回します。今回特に筋力バランスがよくないと言われた所は此処でした。


Shoulder: Serratus Ball On Wall

僧帽筋レーニン

腹這いになってから腕を上げてY時に開き、床から腕を持ち上げます。最初は絶望的にできませんでしたが、慣れたらできるようになりました。


【少年野球トレーニング】手軽に肩・肘のインナーマッスルを鍛えるエクササイズ

肩甲胸郭関節のストレッチ

体を横にして寝転がり、膝を曲げた状態で腕を頭の後ろに当てて、背中を丸めるのと胸を開くのを繰り返します。 動画では両腕とも頭の後ろに当てていますが、体の下になる側の腕で膝を押さえて浮かないようにするとやり易いです。


胸(肩甲骨)を効率良くストレッチする方法

 

キャット&ドッグ

ヨガでよく行うポーズで、肩甲骨、脊柱、股関節を連動させて動かします。


肩こり・首こり改善エクササイズ キャット&ドッグ

コブラストレッチ

うつ伏せになって両腕を広げ、肩甲骨を寄せながら胸を起こしていきます。


Cobra

ライミングのフォーム改善

ライミングのフォームというと考慮事項は全身多岐に渡りますが、ひとまず自分なりに理解して実行できそうな範囲として、ぶら下がる姿勢の改善から始めました。先日ロストアローから翻訳版の記事が提供された、以下の記事を参考に実施しています。

www.lostarrow.co.jp

内容は一言で言えば、ぶら下がる際には肩の力を抜かず肩甲骨を下げた状態に保つ、ということになりますが、その状態を実現するための具体的な各関節の向きや位置がわかりやすく解説されています。この記事のガイドラインに従って、ハングボードでのぶら下がり姿勢を徐々に矯正して、2か月くらいで満足のいく姿勢になりました。

自分がハングボードやバーにぶら下がっている姿を動画や写真で確認してみると、思ったより理想のハング姿勢になっていないことが多いのではないでしょうか。管理人の場合は、上記の記事の内容をしっかり意識してぶら下がっているつもりなのに、写真で見ると左手の肘の方が曲がっていてアンバランスになってたりしました。

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左右差がある例

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最近のハング姿勢(左右差はだいぶなくなった)

このような基本的なぶら下がり姿勢で肩甲骨の位置を意識することで、普段のクライミングにおいても良い姿勢を意識することができるようになってきました。意識していないと、肩がすくんだ状態で腕を引き付けてしまうことがよくあったのですが、最近減ってきているように感じます。

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肩の力が抜けて、すくみ上っている例

 

日常のメンテナンス

リハビリ完了後も、肩まわりの可動性を継続して確保できるように、日常のメンテナンスを継続しています。先に述べたスポーツ整形で指導されたメニューに加えて、以下のボルダリング体操を行っています。合わせて1日15分程度です。

ボルダリング体操

ボルダリング体操は、ボルダリングの整体院の山田さんが提唱する、クライマーのための、体がほぐれるエクササイズです。詳細は以下のリンクを参照ください。

www.climbing-net.com

上半身のメニュー(1.かかとトントン~7.手のひらニギニギ)について、毎日1回は行うようにしています。7~8分程度です。毎日行うことにより、日毎の体のこわばり具合の変化を感じることができます。例えば3.腕ブラブラは、片方の腕でもう片方の腕のほぐしたい部位を触りながら腕をブラブラするのですが、凝っていない部位ではスムーズにブラブラできるのに、凝っている部位ではブラブラの動作がギクシャクしてすぐわかります。

ライミング前のウォームアップ

故障以前は、簡単なグレードのクライミングがウォームアップ代わりでしたが、これ以上故障を増やさないように、クライミング前のウォームアップを行うように改めました。

ボルダリング体操でもウォームアップに十分と思うのですが、毎日やってますし、せっかくなので別のエクササイズをと思い、以前の記事で紹介したDr. Jared Bagyのウォームアップルーティンを行ってます。ポイントは、ライミングの代表的な動作で必要となる可動域まで各関節を動かすダイナミックストレッチで、慣れてくると5分程度でできます。


Dynamic Climbing Warm-up

これらのダイナミックストレッチに加えて、同じくDr. Jared Bagyが推奨しているのが、「拮抗筋のアクティベーションです。やり方は以下のリンクに記載されていますが、長いセラバンド(3メートル程度)を体に巻いてから最後に両腕を開くようにして30秒程度静止します。これをウォームアップの仕上げに行うことで、クライミングで使用する筋肉と拮抗する筋肉群が刺激されます。見た目がファニー(パーデンネンみたい)なので、ジムや岩場で要らぬ注目を浴びますが、鋼の精神でやり切りましょう笑。

theclimbingdoctor.com

Dr. Jared Bagyの著書「Climb Injury Free」は以下の記事で紹介していますので、こちらも参考にしてください。

takato77.hatenablog.com

まとめ

肩の故障について、リハビリ内容とその後のデイリーケアをご紹介しました。

正直、管理人のクライミング強度や頻度はそれ程高い方ではないと思っていましたし、それ程ひどい故障もなく20年クライミングを続けてきたのですが、40を過ぎて肩・指を中心にガタが来ています。振り返ると、強度や頻度は程々だった分、故障が顕在化するのは遅かったものの、悪い姿勢や不十分な可動域によって蓄積した疲労や損傷が一気に噴き出してきている印象です。

生涯スポーツとしてクライミングを楽しんでいくため、肩については、以下2つを意識して、故障を再発しないように取り組んでいきます。

  • デイリーケアの継続、ウォームアップの習慣化により、可動域をしっかり確保する
  • 肩甲骨を下げたよい姿勢で登ることを習慣づける

肩のリハビリの記録(前編)

今回は、管理人自身の故障に対するリハビリの状況を、自身の備忘もかねて紹介します。主要な部位では、肩、肘、指で故障歴があります。そのうち、肩は概ねクライミングに支障がない状態まで回復しておよそ半年経ち、現在まで問題なく登れているので、リハビリ完了と判断して今回紹介します。

特に学術的なエビデンスを共有するものでもありませんし、管理人1人の個人的な事例に過ぎないので、こういうこともあるんだな、くらいに受け止めてください。

前編として、管理人の肩の症状・診断結果・治癒までのタイムラインなどを紹介します。具体的なリハビリの内容は後編でまとめるつもりです。

管理人のプロファイル

ライミング経験・・・20年強

ライミングの嗜好・・・ボルダリング、スポーツクライミング、トラッドクライミング

身長/体重・・・174cm/67kg

性別・・・男性

肩の故障履歴

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ライミング経験が浅い頃にひどく痛めたものの、その後は20年近く、つい最近まで肩の痛みに悩まされることはなかったです。クライミングの頻度について、ジムに連日行く事は基本的に避けていたのと、滞在時間も2時間程度でさっと上がることが多かったので、急性障害にはなりにくかったのかもしれません。

しかし、2019年頃から、手を真上に上げたり(挙上)、手を地面と水平にして体の前に持ってくる動き(水平内転)すると痛むようになりました。インピンジメント症候群かなと想像しながら、医者には行かずに過ごしていました。

激しいデッドポイントをすると結構痛む時があったので、なるべくそういうムーブは避けて登っていればそのうち治るだろうと踏んでたんですが、改善せずに時間が経っていきました。

リハビリ開始から治癒までのタイムライン

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ずるずると痛みを抱えながらクライミングを続けてましたが、2019年9月にジムで指を痛めて殆ど何もできずに帰宅している時、ふと「体ボロボロだな。。」という言葉が口をつきました。一度しっかり故障を治して、再び故障しないように悪い癖は改めて、痛みのないクライミングを楽しみたいと思いを新たにした日です。

その日から1か月クライミングを休み、更に2か月半ほど、軽度のクライミングをしながらリハビリをして、肩については合計3か月半でほぼ痛みが無い状態まで回復できました(残念ながら指の故障は治りきらずにオンゴーイングで、もう一度向き合わなければなりません)。

診断

タイムラインにも書きましたが、リハビリ開始に先立って、整形外科を受診して症状を診断してもらいました。

最初に受診した整形外科では、「変形性肩関節症」と診断されました。変形性肩関節症は、上腕の関節部分である上腕骨頭とその受け皿となる肩甲骨の関節窩において、軟骨がすり減ったり骨棘と呼ばれるとげ状組織ができて凸凹になり、滑らかに動かなくなって炎症が発生する症状です。一般的な対処としては、痛み止め等の対症療法を行いつつ、現状以上に変形が進行しないように肩の使い過ぎを避ける消極的対応が基本となるようで、指示された治療方針もその通りでした。

一方、次に受診したスポーツ整形のAR-EX尾山台整形外科では、診断名としては「肩関節周囲炎」と診断されました。レントゲンを撮って肩関節の変形も確かに確認できるものの、それ自体はそれ程問題視されず、肩甲骨(肩甲胸郭関節)の可動性制限、肩後方組織の硬さが根本的な原因と推測されるとのことでした。

 腕を真上方向に上げる動きを例にすると、上のツイート動画のように150度上げる場合、上腕骨の肩関節を中心とした回転は110度程度で、残りの40度は肩甲骨の回転(上方回旋)が受け持っています。肩甲骨がスムーズに動かないと、上腕骨側に無理な動きが発生して周囲の軟部組織の挟み込み(インピンジメント)などが起きやすくなります。

診断の結果、理学療法運動療法でリハビリを行うこととなり、無事ほぼ痛みのないレベルまで復帰することができました。

診断を受けてよかったこと

自身の症状に対する対応が、手術が必要か、リハビリで治るのかといった具体的な指針が確認できたのは精神的な安定材料として大きかったです。結果的にリハビリで対応できましたが、これが例えば、関節唇がひどく損傷している、といった症状だと手術での修復が必要になります。

思えば、リハビリに踏み切れなかった精神的な障壁は、「だましだましなら登っていられるのに、受診して手術が必要になったら、一年くらいクライミングできなくなってしまうかもしれない」という疑念が一番大きかったところです。これについては、管理人の個人的な結論としては、「手術いらないかもしれないから受診してみればいい、手術必要となったらその時考える」です。短絡的かもしれませんが、現状を把握できずにウジウジ悩むより100倍マシだったなと思います。もし手術が必要という診断だったとしたら、治療方針としては全く誤りだと思いますが、直近のゴール的な目標課題を登るまではだましだまし乗り切ってそれから手術を考える、なんて事も選択肢としてはありえますので。

受診する整形外科の選択

最初に受診した一般的な近所の整形外科は、正直時間の無駄になってしまいました。安静の指示と、消炎鎮痛剤の処方しかされず、根治に向けた道筋は示してもらえませんでした。スポーツによる慢性的な障害に対しては、生涯スポーツを継続したいという意思に寄り添って、運動療法理学療法を継続的にサポートしてくれるスポーツ整形に最初から行った方がいいです。

まとめ

あくまで個人的な経験になりますが、まとめると

  • 痛みがあるのであれば、あまり悩まず、原因を特定するために医療機関を受診した方がよい
  • 医療機関は、運動療法理学療法を継続的にサポートしてくれるスポーツ整形が望ましい
  • 痛みがない状態が普通、ちゃんとその状態まで治して登った方が気持ちいい

といったところです。後編では、実際に行ったリハビリ内容を具体的に記録しておこうと思います。

 

 

クライマーの食生活アンケート

スコットランドのクライマーDave Macleodが、履修している修士課程研究の一環として、クライマーの食生活に関するアンケート協力を呼びかけています。アンケート集計結果は、論文としてまとめてクライマー社会に還元するとのことです。30分程度で終わる内容なので、興味のある方は是非実施してみてはいかがでしょうか。

https://glasgow-research.onlinesurveys.ac.uk/dietary-patterns-of-rock-climbers

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対象者と内容

 アンケートの対象者は、週に3回程度のクライミングもしくはクライミングに資するトレーニング(フィンガーボード、キャンパシング、体幹トレ、ストレッチ等)を継続している16歳以上の人となってます。今までの同種の研究は幾つかあったものの、対象がスポーツクライマーに限られており、今回はジャンル(ボルダリング、スポーツクライミング、トラッドクライミング、スピードクライミング)や登攀レベルの多様性のある母集団で、食事の傾向とクライミング能力の関係性を調査するための基礎データを取得する事が目的のようです。

アンケートは冒頭で研究の趣旨や参加にあたっての注意事項が述べられています。英語が苦手な方は、Google Chromeの翻訳機能で訳して読むといいと思います。綺麗な英語なので、翻訳で概ね意味は取れます。スポーツクライミングのグレードはフレンチグレード、トラッドクライミングのグレードはEグレードで回答が求められるので、換算表を見ながらの方が良いでしょう。

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https://www.thebmc.co.uk/getting-started-trad-climbing

スポーツにおける相対的エネルギー不足(RED-S)

過去の研究では、クライミングはパワーウェイトレシオが重要なスポーツであることから、「スポーツにおける相対的エネルギー不足(RED-S)」に陥りやすいことが示唆されています。RED-Sは、骨粗しょう症視床下部無月経を含む様々な生理的機能への悪影響をもたらします。シェフィールドのクライマーMina Leslie-Wujastykが、自身のRED-S経験の告白を通してクライミング界に警鐘を鳴らしたのは記憶に新しいところです。

www.ukclimbing.com

JMSCA magazine 003でも、JMSCA理事の六角智之さんが、低体重問題として紹介しています。

今回のアンケートにおいても、クライマーが何らかのエネルギー不足に陥いりやすい傾向があるのか、食事内容や偏り傾向などを調査する事が目的の一つとなっています。

研究者の紹介

今回のアンケートを行っているDave Macleodは、マイクロナッツ一つのプロテクションで10メートル以上のロングフォールを繰り返す、心臓に悪い映像作品E11で一躍有名となりました。アルパインからボルダーまで高レベルのクライミングを展開するオールラウンダーです。


Now That's What I Call a First Ascent - EP6 - Rhapsody, E11, Dave MacLeod

また、クライミングレーニングの造詣も深く、2冊の著書があります。

 

 

Make or Break: Don't Let Climbing Injuries Dictate Your Success

Make or Break: Don't Let Climbing Injuries Dictate Your Success

  • 作者:MacLeod, Dave
  • 発売日: 2015/02/10
  • メディア: ペーパーバック
 


今までにスポーツ生理学の学位とスポーツ運動科学の修士を取得しており、現在はグラスゴー大学で、人間栄養学科の修士課程を履修しています。