クライミングで1日2回にトレーニングを分けることのメリットと注意点

ライミングレーニングを長時間続けていると、最後の方の時間帯では疲れが溜まり、惰性でトライして落ちるだけになってしまうことはありませんか?トレーニングの質を上げるため、1日の中でトレーニングを短い2つのセッションに分ける方法を採用するクライマーが増えてきているようです。メリットや注意点を考察します。

レーニングを1日2セッションに分けるメリット

よくあるクライミングのトレーニング時間の例で言うと、仕事が終わってからジムで3時間登る、なんていうのが多いと思います。この時間を2つに分けて、例えば朝の出勤前に1時間、夜の退勤後に2時間登るというやり方です。

この方式を好んで採用しているフランスのコンペティションクライマー、Mathilde Becerraは、2回にセッションを分けることにより、間のレスト時間で疲労を抜くことが大きなメリットを生むと話しています。

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疲労を抜くことで得られるメリットを以下の3点に分けて考えてみましょう。

  1. 故障を防ぐ
  2. スキルを効率的に習得する
  3. エネルギーシステムを最適に向上させる

1.故障を防ぐ

レーニングの時間が進むに従い、様々な疲労が蓄積していきます。筋肉に疲労物質が溜まり酸性に傾いたり、筋肉や腱組織に微細な傷が蓄積することに加え、ムーブ解析やトライ時の集中を持続することによる精神・神経の緊張なども溜まっていきます。トレーニング始めのフレッシュな状態と違い、パワー・柔軟性が低下し、体の動きの精度も下がっていきます。

そのような状態で、トレーニングを追い込み、無理して一手を出し続ける事を続けていると、疲労した筋肉や腱組織に対し、精度の低い動きによって、あらぬ方向へ想定外の強度の力がかかり、故障をしやすくなります。

1日のトレーニングを短い2つのセッションに分けることにより、トレーニングの間、疲労の少ない状態を持続することができ、結果として故障のリスクが下がります。

2.スキルを効率的に習得する

ライミングが上達するためには、フィジカルだけではなくスキルの習得も重要です。クライミングでいうスキルとは、体にかかる負荷ができるだけ低く、かつ正確に次のホールドを掴むことができる、効率の良い動作を習得することと考えられます。このような動作は、疲労していない状態で最も効率的に習得することができます。

疲れている時は、先に述べた通り、動きの精度が下がり、例えば肩甲骨が安定せずに肘が上がってしまったりします。

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そのような状態でクライミングを続けると、肘が上がった悪い動作を体が覚えてしまうことになり、最適なスキルトレーニングにはならなくなります。

3.エネルギーシステムを最適に向上させる

エネルギーシステムというのは耳慣れない言葉ですが、生体内におけるエネルギーであるATPを生成する3種類の代謝経路を指しています。f:id:takato77:20200127065235j:image

 クライミングでは、ホールドを保持した形状で指を維持する為に、前腕の指屈筋をはじめとした様々な筋肉を縮めて、それを繰り返して登っていきます。その筋肉を縮めるために必要なエネルギーがATP です。

表に示す通り、3種類の代謝経路はATPの生産にかかる時間と、ATPの生産を継続できる時間が異なります。例えばATP -CP 系は短時間でATPを生産できますが、10秒くらいしか継続できません。そのため、それぞれの代謝経路は、活発に機能するタイミングが、クライミングのシーン毎に異なっています。

ポイントは、それぞれの代謝経路のエネルギー生産効率は、トレーニングにより向上させる事ができるという事です。特別なトレーニングが必要な訳ではなく、有酸素性機構を鍛えたければ、数分続く持久系クライミングを繰り返すといった具合です。

そしてここからが肝心な所ですが、同時に複数の代謝経路をトレーニングするのは効率が悪いという事を、アメリカの有名なコーチ、Eric Hörstが言っています。例えば持久系トレーニングをする事で、有酸素系機構で大事な働きをするミトコンドリアの働きを活性化できますが、同時に瞬発系トレーニングを行ってしまうと、その活性化率が下がってせっかくの有酸素トレーニングが無駄になるという事あるらしいのです。

長くなりましたが、瞬発系トレーニングと持久系トレーニングのセッションを分けることで、それぞれのエネルギー生産効率を最適に向上させる事ができます。

なお、エネルギーシステムを意識したトレーニングは、Eric Hörstがpodcastで詳しく解説しており面白いので、改めて取り上げたいと思います。

また、PUMPが出版しているクライマーズバイブルでもエネルギーシステムが出てきますが、少し定義が異なります。

レーニングセッションの分け方

以上で述べてきたメリットをふまえ、セッション1とセッション2の分け方は、「フィジカルとスキルで分ける」「エネルギーシステムで分ける」に括ることができそうです。

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フィジカルとスキルで分ける

朝はクライミングそのものではなく、筋トレ、フィンガーボード、ランニングなどを行ってフィジカルを鍛え、夜に実際の壁でクライミングを行ってスキルを磨くやり方です。逆も可能ですが、朝からクライミングできる環境は限られますので、現実的にはハードルが高そうです。

エネルギーシステムで分ける

朝は瞬発系、夜は持久系のトレーニングを行うようなやり方です。こちらも、実際の壁で行おうとすると朝の実行環境がネックとなりますが、フィンガーボード等でも瞬発系、持久系トレーニングともにできますので、やりようはあります。

レーニング間の最適な時間

明確な回答はないですが、先ほど出てきたEric Hörstは、6時間〜8時間は間を空けるのがよいと言っています。彼の根拠としてはエネルギーシステムの項で述べた、各代謝経路の活性化・適応にそれくらいの時間がかかるからと言っています。このあたりの機序は自分はよくわかりませんので、詳しい方は教えてください。

セッションの順番

人によって色々な考え方があるようで、人それぞれ試行錯誤して組み立てるのがよさそうです。

Eric Hörstは朝は有酸素系のトレーニングをするのがよいと言っています。朝は瞬発系トレーニングで腱組織に過度の負荷をかけるのは望ましくないという点と、1日の活動開始前に心肺機能のウォームアップができるメリットを挙げています(54:06から)。

trainingforclimbing.com

一方、wideboyzのTom Randallが立ち上げたクライミング能力のアセスメント・トレーニングプラン提供サービス会社であるlatticeのメンバーは、デスクワークで受ける精神的・神経的疲労を考慮した組み立てが必要と言っています。昼の仕事が頭脳労働であっても、ハードワークであるならば、夕方のセッションは軽めに組み立てることも考慮すべきということです。

その他考慮が必要なポイント

latticeのTom Randallは2セッションに分けず、ボリュームの大きいトレーニングを1セッションで行うことにもメリットがあると言っています。マルチピッチなど、疲労困憊した状態で、自分の限界を超える一手を出す必要があるクライマーは、近い状態をハイボリュームのトレーニングで作り出す必要があるということです。

また、トータルのトレーニング時間を大幅に増やせるものでもないという点も注意が必要でしょう。セッション間のレストで疲労を抜くといっても、筋肉組織、腱組織の完全回復に必要な時間には全然足りません。あくまで、一定量のトレーニングを2分割して、2セッション目のトレーニングの質を上げるのが目的と理解するのがよさそうです。

まとめ

長くなりましたが、ポイントをまとめておきます。

  • 1日のトレーニングを2セッションに分けることによるメリットは、故障の予防、スキルの効率的な習得、エネルギーシステムの効率的な向上
  • 1セッション目と2セッション目は、6~8時間の間を空けて、トレーニングの種類を変えることが望ましい
  • 長時間行動するマルチピッチ等、1セッションでハイボリュームのトレーニングの方が有効な場合もある
  • トータルのトレーニングボリュームを上げるのではなく、トレーニングの質を上げることを目的とすべし

個人的には、休日は家族との時間を優先して、ジムには行けても2時間、なんて事も多いので、同じ日に時間をあけて、自宅でコアトレやハングボードトレをやってます。時間の有効的活用いう点でも、うまく使ってみてはいかがでしょうか。

最後に

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。