フィンガーボードで筋肥大できるか(アイソメトリックの話)

クライミ ングにおいて重要な筋肉は何かという議論には、様々な考え方がありますが、間違いなく最重要の一つとして挙げられるのは、前腕にある、指を曲げるための筋肉(指屈筋)です。指屈筋の筋力は、実際のクライミングでももちろん鍛えられますが、フィンガーボードのような専門のトレーニング器具にぶら下がると、より集中して鍛える事ができます。

f:id:takato77:20200205221400j:imageフィンガーボードの例(beastmaker2000)

前回書いた弱い環になり得る要素(肉体的要因編) - May the friction be with you!の中で、筋力の強化には「筋肥大」と「筋動員の増強」という2つの過程を経る必要があるという話しをしました。指屈筋も、この2つの過程を経て鍛えるのが望ましいと考えられますが、ここで一つ、問題があります。フィンガーボードトレーニングは「筋動員の増強」には寄与するが、「筋肥大」には効果が少ないと言われることがあるのです。

実際のところ、フィンガーボードトレーニングだけでは筋肥大はできず、筋力向上は頭打ちになるのでしょうか。これは管理人の長年の疑問でしたが、近年、クライミングやボディビル・ウェイトリフティング等のトレーニング記事を読み解くと、フィンガーボードでの筋肥大トレーニングは可能なようです。本記事で考察します。

 

 

フィンガーボードが筋肥大に寄与しない話の出所

遡るともっと古いのがあるかもしれませんが、管理人が記憶しているのは、以下の記載です。

(前略) 動きをともなわないアイソメトリックなトレーニングなので、 筋肥大よりも神経系に働きかけて筋動員率を高める効果があり( 中略) フィンガーボードによるアイソメトリクスやキャンパスボードによ るプライオメトリクスは基本的に神経系に働きかけ、 筋動員率を向上させるトレーニングであるため、 動員率が向上してしまうとそれ以上は伸び率が低下してしまう。 そのようなプラトーを脱するには筋線維を肥大させるトレーニング が効果的である。

 

引用元
著:北山真、杉野保、新井祐己 (2005年)
フリークライミング (ヤマケイ・テクニカルブック 登山技術全書) 山と渓谷社

筋線維を肥大させるために、バーベルを指で巻き込むフィンガーロールをやるとよいと記載されています。mickipediaでは、この方法を改良して、タカギローラー(コロコロ)という器具を用いています。

micki-pedia.com

アイソメトリクスとは

上に出てきたアイソメトリクスとはなんでしょうか。アイソメトリクスとは等尺性収縮とも呼ばれますが、ざっくり言うと「動きを伴わずに筋肉が力を出している状態」の事です。

ダンベルなどを持って腕を肘から曲げる動き(アームカール)を例に考えてみます。上腕二等筋が収縮すると、腱を通して前腕の骨が引き上げられ、負荷となっているバーベルが上に動きます。このように筋肉が縮みながら収縮する動きをコンセントリクスといいます。逆にバーベルを下げる際は、上腕二頭筋が伸びながら、それに耐えるために収縮させており、これをエキセントリックと言います。

アイソメトリックは、途中でバーベルを動かさない状態で耐えて筋肉を収縮させている状態です。

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https://www.trainingbeta.com/preparing-try-hard-part-1-isometric-testing-p-p-coaches/

フィンガーボードへぶら下がる際の指の動きを考えてみると、指をホールドにかけるため指の形を曲げますが、体重がかかってもホールドを保持し続けるため、指屈筋に力を込めて指が開かないように耐えます。力がかかっても指が動かないように力を込める、これがアイソメトリクスです。

これは実際のクライミングでも同様で、登っていくに従い腕も足も動きますが、指はホールドを掴んでいる間は基本的に動かしません。指屈筋の動きがアイソメトリクスというのは、クライミングの大きな動作特徴なのです。

フィンガーボードで筋肥大する方法

前段が長くなりましたが、本論の「フィンガーボードで筋肥大する方法」を考えます。結論から言うと、以下の条件を満たせば筋肥大するようです。

 

20〜40秒で限界になるようなサイズのエッジを選び、限界までぶら下がる

 


Density hang - open hand

このやり方は、いくつかの筋肥大を促進する要因をきちんと満たしています。

  • 筋肉内の血流が酸欠状態になり、乳酸が蓄積することで、筋肥大を誘引するホルモン(IGF-1)が放出される

筋肉内の毛細血管は、運動に伴って筋肉が収縮すると、圧迫されて細くなります。大体、最大筋力の50%以上の力を出すと、その筋肉内の毛細血管の血流はほぼなくなるようですが、この状態で20秒~40秒運動を続けると、筋肉が酸欠状態になり、乳酸が蓄積していきます。この状態はIGF-1というホルモンが放出されやすい状態で、IGF-1が筋肥大を誘引します。

フィンガーボードに20秒~40秒ぶら下がることで、血管が圧迫された状態で運動し続ける事になります。フィンガーロールのような運動では、コンセントリックとエキセントリックの切替タイミングで血流が流れるようで、酸欠状態を生み出すという意味では、寧ろフィンガーボードぶら下がりの方が理想的なようです。

  • 筋線維をできるだけ多く疲労させる

筋肉は筋線維の集まりですが、筋線維は幾つか集まって運動単位(モーターユニット)を作っています。この運動単位は大きいものから小さいものまでサイズが様々ですが、なるべく多くの運動単位を満遍なく疲労させることが筋肥大の効果を最大化させます。

20秒から40秒ぶら下がれるエッジサイズだと、最初は楽に感じると思います。この間は小さな運動単位が動員されてますが、徐々に辛くなってくるに従い、大きな運動単位も動員されていきます。限界までぶら下がることで、小さな運動単位から大きな運動単位まで、満遍なく疲労させることができます。

  • 筋肉がストレッチされた状態で負荷がかかる

「筋肉がストレッチされた状態で負荷がかかる」状況は、mTorという筋肥大を促進するタンパク質が活性化されることがわかっています。フィンガーボードのエッジにぶら下がった状能は、この状況にあてはまります(前腕の指屈筋に力を入れつつ、重力によりストレッチされる方向に力がかかっている)。

筋肥大に寄与しないと言われていた理由

上記の通り、フィンガーボードにぶら下がることでもしっかり筋肥大を促進できます。一方、今までの多くのアイソメトリクスの研究では、確かに筋肥大に余り寄与しないという結果が多かったようです。その理由は、負荷のかけ方が筋肥大に適したものではなかったからではないかと推察されています。

・負荷をかけた時間が短時間(6-12秒)のため、酸欠・乳酸蓄積に至らず、IGF-1の放出が促進されなかった

・筋肉がストレッチされていない状態で負荷をかけたため、mTorが活性化されなかった

後者は、動かない対象物を押したり引いたりするアイソメトリクス(overcoming isometrics)での実験が多かったから、のようです。

レーニングへ適用する際の考慮点

角度依存性

アイソメトリクスの特徴として、角度依存性があるということがあります。これは、動きがない状態で力を入れるという特性上、その状態から前後15度以上の角度差に対しては効果が少ないということです。

フィンガーボードで言えば、オープンハンドとハーフクリンプなどでは、指を曲げている角度が違いますので、それぞれトレーニングする必要があるということにご留意ください。

実際のボルダリング/クライミングに当てはめた考察

ここまで、フィンガーボードに特化して考察しましたが、実際のクライミング/ボルダリングに当てはめるとどうでしょうか。

ライミング/ボルダリングでの動きは、大体、数秒ごとに手を出し続けますので、この20秒から40秒ぶら下がり続けるという指の動きは、なかなか出てきません。つまり、クライミング/ボルダリングを行なうだけでは、筋肥大を効率的に促進するのは難しいと考えられます。

自身の弱い環が「筋力の伸び悩み」にあると感じる方は、トレーニングに「20秒~40秒フィンガーボードにぶら下がる」プログラムを組み入れることを考えてみるのもよいのではないでしょうか。

まとめ

  1. フィンガーボードを使用した筋肥大トレーニングは可能
  2. その際のワークは20秒~40秒で限界になるエッジサイズを見極め、そのエッジサイズで限界までぶら下がることがポイント
  3. オープンハンド、ハーフクリンプなど、鍛えたいホールディング毎に実施する必要がある
  4. ライミング/ボルダリングは、筋肥大という観点では、最適な運動ではない

といったところです。

アイソメトリクスに関する知見は、カナダのウェイトリフター・ボディビルダー・トレーニングコーチ、クリスチャン・ティボドーがアイソメトリクスについて記した記事を参考にしました。

thibarmy.com

また、筋肥大を促進するフィンガーボードでのトレーニングプログラムは、以前も紹介したDr. TylerNelsonの記事でも取り上げられてますので参考に。

www.trainingbeta.com

記事内の「Density Hang」が、今回紹介した筋肥大を促進するプログラムとなります。

最後に

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。

 

 

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