疲労回復度合いでトレーニング量を調節する話(オートレギュレーション)
クライマーの性として、日々のトレーニングを行なう際に、楽しいからついつい登り過ぎてしまって、気づいたら指が痛い、肩が痛い、なんていう事があるかと思います。きちんとウォームアップ、クールダウンを行なうのはもちろんですが、やり過ぎ防止の観点では、日々のトレーニングメニューを適切なボリュームで定めて実行していくことも有効と考えます。
しかし、定めたトレーニングメニューを厳密に遂行すればよいのかというと、そうとも言えません。日々の体調や、疲労の回復度合いによっては、定めたトレーニングメニューはオーバートレーニングとなり、更なる疲労の深みにはまって回復できずに故障に至るというシナリオもありえます。
体調や疲労度合いによって、日々のトレーニング量をシステマティックに調節する、オートレギュレーションという考え方を紹介します。
オートレギュレーションとは
オートレギュレーションとは、一般的には人間の体内の自己調節機能を指しますが、トレーニングの世界では、体調や疲労度合いに合わせて日々のメニューを調整する考え方を指し、ウェイトリフティングやボディビルディングのトレーニングにおいて発展してきています。
ここで、「今日はなんとなく調子が悪いからトレーニングのボリュームを減らそう」といったように、曖昧に基準を決めずに行なうのは不十分です。できる限り客観的な指標を定めて、指標に従ってトレーニング量を定めていくということがポイントになります。
客観的といっても、疲労度という計測しづらい対象を扱うため、トレーニングを行なう本人の感覚に頼ります。その感覚を、できるだけぶれないように数値化する工夫が必要になります。
クライミングトレーニングへの適用
Eric Hörstの場合
アメリカのクライミングコーチEric Hörstは、自身の著書「Training for climbing」やポッドキャストで、自身や自身の家族(息子のCameronとJonathanは共に5.14クライマー)が実行しているオートレギュレーションを紹介しています。
trainingforclimbing.libsyn.com
Hörstファミリーのオートレギュレーションは、毎回のクライミングやトレーニングセッションにおいて、必ず同じウォーミングアップを行なうように、ルーティーンを厳密に定めておき、そのウォーミングアップの調子で疲労回復度合いを判定するやり方です。疲労回復度合いに従い、トレーニングのボリュームを調節します。
上記の回復度合いを判定するため、Eric Hörstはトレーニングの前に、必ず以下のウォームアップルーティンを行なうとのことです。
- 有酸素運動
- 30ポンドダンベルでフィンガーロール30回
- 自重懸垂 20回×2セット(通常幅1セット、ワイド幅1セット)
- 20mmエッジで7-3リピーター(※)2セット
- 加重懸垂(+20ポンド)5回
- 加重懸垂(40ポンド)5回
- 14mmエッジ+30ポンドで7-3リピーター(※)
(※)7-3リピーター・・・フィンガーボードでのデッドハング7秒ぶら下がり3秒レスト×6回
このウォームアップルーティンの中でも、6と7はEricにとってかなりチャレンジングなワークで、余裕をもってこなせれば回復度合いはステージ4、失敗してしまうようなら回復度合いはステージ1といったように、自身の回復度合いを判定するバロメーターとしているようです。
ちなみに、1ポンドは0.45kgくらいなので、50代半ばにしては、相当ハードなウォームアップです。ウォームアップは個々人に適した強度、ボリュームにカスタマイズが必要と強調しています。
Eva Lópezの場合
Eva Lópezはスペインのクライマー、クライミングコーチで、指の保持力強化方法に関する研究で博士号も有しています。Trangression Boardという、2mm刻みのエッジサイズを備えたフィンガーボードの開発者でもあります。
Eva Lópezのフィンガートレーニングにおいては、明示的にオートレギュレーションという言い方はしていませんが、その考え方のエッセンスが組み込まれています。Eva Lópezのフィンガートレーニングで象徴的なのは、以下の2つのデッドハングの組み合わせです。
- MED(Minimum Edge Depth) ハング
自重で、12~15秒で限界になるようなエッジサイズに10秒ぶら下がる
- MAW (Max Added Weight)ハング
比較的厚いエッジサイズ(20mm程度)に、12~15秒で限界になるような重りを装着して、10秒ぶら下がる
4週間程度MAWハングを行なった後に、同じく4週間程度MEDハングを行なうなど、刺激の変化を与えることを推奨しています。
MEDハングを行なう場合、トレーニング期間において、標準となるエッジサイズは決めておきます。しかし、体調や疲労度合いに応じて、必ずしも10秒に到達しないと思われる日もあります。そのような日には、エッジサイズを2mm増やすなどして負荷調整することで、怪我を防ぐ事を提案しています。
体調や回復度合いは、Eric Hörstと同様に、ウォームアップルーティンの中で判定します。推奨されているウォームアップは、標準となるエッジサイズに、プーリーシステムなどで自重より負荷を減らしてぶら下がるようにし、徐々に自重に近づけていきます。ウォームアップの仕上げ段階では、自重の90%程度の負荷でぶら下がり、その際の感覚で、今日は標準のエッジサイズでいけそうとか、2mmエッジサイズを増やそうとか判定します。
管理人は、このやり方は試してみたことがあります。感覚によってだいぶ判定にブレが出るんじゃないかと危惧してましたが、「自重90%負荷でギリギリな日は、自重100%負荷は無理」とか、思ったより明確に判断でき、十分実用に耐えるやり方でした。
Tyler Nelsonの場合
Eric Hörst、Eva Lópezのやり方は、疲労度合いの判定に、クライマー自身の感覚という主観的な指標を使用しています。それに対してTyler Nelsonは、より客観的な数値指標を使用する事を推奨しています。
ウォームアップの段階でアイソメトリックテストを行い、その日の出力パワー値を測定する事で体調や疲労度合いを確認します。
まず、特定のエッジサイズにおける最大出力値を、フレッシュな状態の日に確認します。フルクリンプ鍛えるべきか問題(海外編) - May the friction be with you!で紹介したように、体が浮かない程度の重りを体に装着して、計測計が装着されたハングボードを思い切り下に引くことで、最大出力値が何kgかを測定します。
マックスパワーをトレーニングする日には、ウォームアップを終えた後に、その日出せる最大限の力を計測します。その値が自身の最大出力値の85%以下であれば、その日はトレーニングに適さない日と判断して休養するなどします。85%は例に過ぎず、もう少しリスクサイドに立つならば90%などの閾値にする事も可能です。
まとめ
ここまで、クライミングトレーニングにおけるオートレギュレーションの考え方を確認してきました。いろいろなやり方がありましたが、共通点は以下の通りです。
・ウォームアップの最終段階で、最大負荷に近いワークを行い、その日の回復度合いを見極める
・回復度合いはできるだけ数値化した指標とし、数値範囲に従ったアクションを定めておく(その日のトレーニングをやめる、ボリュームを1/2にする等)
オーバートレーニングを避ける観点のほか、最大出力を強化を目的とした回復度合いの見極めにも使えると思います。有限の時間と体力資源をできるだけ効率的に活用するため、トレーニングの最適化の一環として、オートレギュレーションの適用を考えてみてはいかがでしょうか。
終わりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
Training for Climbing: The Definitive Guide to Improving Your Performance (How to Climb)
- 作者:Horst, Eric J.
- 発売日: 2016/07/15
- メディア: ペーパーバック