エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(ATP-CP機構 vol.1)

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エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(全体像) - May the friction be with you!

からの続きです。エネルギシステムトレーニングについて、各エネルギー代謝の機構ごとに深掘りしていきます。今回はATP-CP機構の1回目です。

ATP-CP機構におけるエネルギー生産の仕組み

まず、ATP-CP機構におけるエネルギー生産の仕組みを確認しておきましょう。

ATP-CP機構は、クライミングで言うと、ランジなどの爆発的なパワーを必要とするムーブを起こす際に、エネルギーを速やかに生産供給する機構です。筋肉を収縮させるために必要なエネルギーはATP(アデノシン三リン酸)で、筋細胞内に一定量蓄積されています。

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実際の運動では、まずは筋細胞内に蓄積されているATPが使用されます。この既存のATPは数秒で枯渇しますが、筋細胞内に存在するクレアチンリン酸がリン酸を放出し、同じく筋細胞内に存在するADPと合体することにより、引き続きATPが生産されます(ローマン反応)。急激な運動を継続することができるように、この反応は極めて速やかに進みます。

しかし、筋細胞内のクレアチンリン酸の蓄積量も限られているため、クレアチンリン酸の枯渇とともに、この機構でのATP生産はストップします。更に無酸素系のハイパワー運動を継続するには、糖や脂肪を原料とする乳酸系機構にATP生産の主体が移行します。

急激な運動が終わり、穏やかな運動(もしくは休憩)になると、有酸素機構でATPが生産されるようになります。ATPが十分に回復すると、今度はATP生産とは逆の反応によってクレアチンリン酸が再生産されます。これにより、再びハイパワーの運動を行うための準備が整うことになるわけです。クレアチンリン酸は、おおよそですが、1分で80%、3分で100%に回復します。

ATP-CP機構自体はトレーニングできない

ここまで登場してきた物質は有機物や無機物で、それらの反応はいわゆる生化学的な反応です。この反応プロセス自体は、何らかのトレーニングで改善できるのでしょうか。例えば、キャンパシングなどのハイパワートレーニングによって、体が適応してクレアチンリン酸の蓄積量が上がって、ATP-CP機構の持続時間が長くなるなんてことがあれば嬉しいです。

しかし、乳酸性機構や有酸素機構はトレーニングによる改善が期待できるのですが、残念ながらATP-CP機構自体はトレーニングでは改善しないようです。唯一、クレアチンリン酸の再生産に必要となるATP量の回復速度は、持久系トレーニングで改善できるのですが、これは有酸素機構のトレーニングとなります。

サプリメントによるATP-CP機構の強化(クレアチン)

レーニングによる強化はできないのですが、サプリメントによる強化は期待できるので考察してみます。ATP-CP機構を強化するサプリメントは、クレアチンリン酸の元となるクレアチンです。

クレアチンのメリット

クレアチンクレアチンリン酸の体内蓄積量は、それぞれ合わせて、体重70kgあたり120gくらいです。大体1日に1~2g程度が排出され、体内でアミノ酸から生産されたり、クレアチン自体を食品から摂取したりすることで補給されます。クレアチンは、植物からは殆ど摂取できないので、ヴィーガンの方などは不足しがちです。

クレアチン及びクレアチンリン酸の体内蓄積量ですが、1日の排出量より多くクレアチンを摂取することにより、160g程度まで蓄積が可能です(ローディング)。体内のクレアチン量が増加することにより、以下のようなメリットがあります。

  1. ATP-CP機構の継続時間が伸びることで、ハイパワー出力の時間が伸びる
  2. 1項の副次効果として、トレーニングの負荷量が上がり、結果として筋肥大や最大出力の向上が期待できる

実際に、短距離走やウェイトリフティングなどの爆発的なパワーを必要とするスポーツを中心によく使用されています。国際スポーツ栄養学会の2018年報告では、筋肥大・パフォーマンスの向上において、明らかに安全で効果のある(エビデンス・レベルA)サプリメントと評価されています。

このあたりのクレアチンの効果は、筋トレのパフォーマンスを最大にするクレアチンの最新エビデンス - リハビリmemoにしっかりまとまっているので参考にしてください。

クレアチン摂取によるデメリットの考察(水分の蓄積)

ライミングへの適用を検討する場合、一点考慮しておかなければならない副作用があります。それは、水分の蓄積による影響です。

クレアチンをローディングすると、細胞内に水分を溜め込む性質があると言われています。この水分の蓄積は、クライミングに対して2点のデメリットがあるということをEric Hörstは自身のpodcast Eric Hörst's Training For Climbing Podcast: Episode #21: Energy System Training (part 1) - Alactic Power Training で指摘しています。

体重の増加

1点目は体重の増加です。体重1kgあたり0.3g/日のクレアチンを1週間程度摂取すると、体内のクレアチンクレアチンリン酸蓄積量は満タンになりますが、水分の影響で体重も1kg程度増えてしまいます。この増加した水分は筋出力増には全く寄与しないため、運動という観点では只の重りです。

ライミングは、重力に逆らって上に登っていくという性質上、体重とパワーの比率(パワーウェイトレシオ)が極めて重要なスポーツです。若干ハイパワー出力できる時間が伸びるとはいえ、1kgの重りを背負うのはかなりのデメリットとなります。

細胞のサイズ増による毛細血管の圧迫

2点目は、毛細血管の圧迫です。クレアチンが溜め込む水分により、筋細胞のボリュームが大きくなり、その結果として筋肉内の毛細血管が圧迫され、パンプしやすくなることがデメリットです。

ハイパワー出力が続くクライミングにおいても、一手ずつ手を出していく中で岩をホールドしていない手には瞬間的な血流を通して筋細胞に酸素が供給され、わずかながら有酸素機構によるATP供給されています。この瞬間的な血流が、毛細血管の圧迫により阻害されてしまい、無酸素系のエネルギー代謝に頼る量が多くなってしまって、結果的にハイパワー出力が早くガス欠してしまうのです。

水分蓄積の最新エビデンス(デメリット解消の可能性)

上記2点のデメリットがあるならば、クライマーはクレアチンは摂取しない方がよいのと考えてしまいますが、最新の研究結果では一概にそう言い切れないようです。

www.healthline.com

上記のサイトで、クレアチンの水分蓄積についてまとめています。要約すると、

  • 大量のクレアチンローディング(20g/日程度のクレアチンを1週間程度摂取)することで、水分蓄積が起こる
  • 少量のクレアチン(3g〜5g/日)を継続摂取した場合には水分蓄積は起こらず、1ヶ月程度で体内のクレアチン量を満タンにできる

2点目についての研究は、二重盲検比較試験を行っているもののサンプル数が若干少ない(19名)ので、追加検証が待たれます。正しければ、先に挙げた二点のデメリットは解消できる可能性が高そうです。管理人は、かねてよりEric Hörstの説を支持してクレアチンは摂取していなかったんですが、今回改めて最新の状況を知り、人体実験してみようと考えています。

その他のサプリメントについて

ATP-CP機構に関連するサプリメントで、明らかに効果があるものとしてクレアチンを挙げましたが、ベテランのクライマーの中には、過去にRock & Snowで連載されていたハードコア人体実験室で言及されていたサプリメントを覚えている方もいるかもしれません。それらについて、最新の状況を付記しておきます。

クレアチンエチルエステル

クレアチンといえば、パワーも出るけど体重も増えちゃうので、いまいち微妙と取られがちでしたが、このクレアチンエチルエステルってのは、まあ吸収がいいわけですね。んで、旧来のクレアチンだと吸収率が低いために、細胞外にクレアチンが残ってしまい、それが無駄に皮膚下に細胞外水を貯留してしまってました。ですが、エチルエステル化することにより細胞膜を拡散輸送で通過できるようになったため、吸収率がよくなり、細胞外に水を貯留することもなくなったというわけです。すなわち、必要量が少量で体に吸収されるので、それほど体重も増えずにクレアチンをため込むことができるっつーことです。

 

出典: Rock&Snow 037 「ハードコア人体実験室」 山と渓谷社 

クレアチンサプリメントにも様々な形態があり、ハードコア人体実験室ではクレアチンエチルエステルが紹介されていました。クライミング界隈はさておき、筋トレ業界では当時かなり流行ったようです。しかし、クレアチンエチルエステルは経口摂取してもクレアチンを生成せず、人体としては老廃物となるクレアチニンになってしまうという研究結果があり、効果はなさそうです。

クレアチンエチルエステルのクレアチニンへの非酵素的環状化 | 文献情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター

クレアチンを購入する際には、一般的なクレアチン・モノハイドレートを購入しておけばよいでしょう。

リボース

クレアチンクレアチンリン酸ではなく、ATP自体の蓄積量を上げるために、リボースの摂取も紹介されていました。

ATP系のキャパ上げるためには、リボースな

んかをサプリメンテーションするといいんじゃ

ないでしょうか。リボースはATPの構成要素で

すんで、AMPやADPからATPをつくるときに役立

つといわれてます。まあ、純粋にカラメルみた

いでおいしいのでレスト中にどうぞ。

 

出典:Rock&Snow 025 「ハードコア人体実験室」 山と渓谷社

こちらについても、先にあげた国際スポーツ栄養学会で、パフォーマンスの向上について「効果や安全性を裏付けるエビデンスがほとんどない」という評価のエビデンスレベルCとなってますので、あまり効果はなさそうです。

まとめ

本当は、クライマーにはクレアチンは効果が薄いということを書こうと思ったんですが、調べていくうちに逆の結果になってしまいました。以下にまとめます。

  • ハイパワーを必要とする急激な運動ではATP-CP機構が主要なエネルギー代謝を担うが、持続時間は短い
  • 持続時間を長くするため、クレアチンをローディングするのが効果的
  • クレアチン・モノハイドレートを1日3g〜5g程度継続摂取することにより、不要な水分蓄積を起こさずに体内のクレアチン量を最大化できる
  • クレアチンエチルエステルやリボースは、現時点では効果がないという評価

次回は、ATP-CP機構の特徴を活かして、普段のトレーニングに取り込むと効果が高そうなメニューを紹介するつもりです。

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。