クライミングの特殊性を考慮した懸垂のバリエーション

 懸垂がクライミングに有効なフィジカルトレーニングであるということは、クライミングコミュニティにおいては、ほぼ自明の事として認識されているように思います。一般的な懸垂の動作としては、バーにぶら下がり両肘を伸ばした状態でスタートし、あごがバーの上に出るくらいまで腕を引き付け、再びスタートに戻るといったものになります。そして、最大筋力を向上させるため、懸垂する際にウェイトをハーネスにぶら下げるなどして負荷を強くするのも一般的です。

この一般的な懸垂によるフィジカルトレーニングについて、クライミング動作の特殊性を考慮した効率的な方法論を、ソルトレークシティの運動トレーナーTyler Nelsonが提案しています。今回はその考え方を紹介します。

フルレンジとパーシャルレンジ

冒頭で記したとおり、一般的な懸垂としては、両腕を伸ばした状態でスタートし、あごがバーの上に出るくらいまで両腕を引き付けます。肘関節の動きの(レンジ)で考えると、伸び切った状態からの曲げ切った状態まで動いているので、フルレンジの動きと言えます。

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フルレンジの懸垂

一方、ライミングの実際の動作では、フルレンジで引き付けるわけではないシーンもかなりあります。以下のインスタグラム動画では、そのことを視覚的にわかりやすく伝えています。

実際の自分がクライミングしている動画があれば、一度見返してもらえると、よりイメージが湧くと思います。思ったより、腕を目一杯引きつけてるシーンは少ないんじゃないんでしょうか。これは壁の傾斜やリーチ、身長などによって変わります。おそらく傾斜が緩くなる程、身長やリーチが短くなる程、引きつける度合いは大きくなる筈です。

肘が90度以上曲がった状態は肘の腱を圧迫します。自身のクライミングの嗜好であったり、今後取り組みたいプロジェクトを考えたときに、フルレンジで引きつける動きが頻出しないのであれば、以下の様に敢えてフルレンジの懸垂を行わないのも一つの方法です。

もちろん、自身の弱い環がフルレンジの引きつけにあるのであれば積極的に鍛える必要があるでしょうし、そうでないとしても、時間が十分にあり肘の状態も健康であれば、フルレンジで行えばよいと思います。トレーニング時間に限りがありレーニングメニューをより効率的に絞り込みたいような場合や、年齢を重ねて軟部組織を労わる必要がある場合には、パーシャルレンジの懸垂も検討してみてはいかがでしょうか。

ストレングスとパワー

もう一つ、上記のインスタグラム動画でTylerが伝えているのは、スピードの観点です。

最大筋力を鍛えるためには、5回程度の繰り返しで限界となるように負荷(ウェイト)を加えて懸垂する事が行われます。しかし、負荷が上がると一般的にスピードは低下します(重量挙げの動きを想像するとわかると思います)。

改めてクライミングの動作の特性を考えてみると、重量挙げのような1回動かせるかどうかの負荷をゆっくり動かすのとはだいぶ違います。まず、扱う重量(負荷)は基本的に自分の体重程度の重量であり、手でホールドを保持するだけではなくてフットホールドを足で踏むことで更に分散されます。デッドポイントやランジなどの爆発的なパワーを要するムーブにおいては、そのような限界より軽い負荷重量に対して自身の最大筋力を一気に解放することでスピードを出し、スタティックな動きでは到達できない距離の動きを実現するのです。

一般的に、パワー=ストレングス×スピードと言われますが、ウェイトをつけて行う懸垂は、スピードが遅い状態で発揮できるパワーを鍛えるトレーニングと言えます。これによりベースとなる力(ストレングス)はつきますが、実際にクライミングで求められるような高速の動きを行うためには、負荷を軽くして動作スピードを早くするパワートレーニングも行う必要があります。キャンパシングはそのようなトレーニングの一例ですが、懸垂においても、負荷を少し軽めに設定する代わりに高速で行うバリエーションがあります。

一回行うのが限界となる負荷(1Repetition Maximum)を測定し、その70%くらいの負荷を使用して可能な限り素早く引きつけるようにして懸垂します。1セットは3回くらいでよいようです。

ストレングスはパワーのベースになるので、ストレングスを鍛えた後でパワーを鍛えるようなピリオダイゼーションを組むと良いと思います。

まとめ

  • ライミング対象の傾斜や、身長・リーチなどの条件により、フルレンジの引付が有効なシーンとそうではないシーンがある
  • 肘の腱に不安がある場合などは、パーシャルレンジの懸垂も有効
  • ライミングで求められる爆発的なパワーを鍛えるために、最大筋力のトレーニングサイクルのあとで、負荷を軽くしてスピードを速くした懸垂を行う事も有効

今回紹介した以外にも懸垂にはさまざまなバリエーションがあります。家で懸垂を行う際には、自身のクライミングの嗜好性、体格、弱点などを顧みて、どんなバリエーションが自身にとって有効か考えてから取り組むのもよいのではないでしょうか。

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。