炎のメリーゴーランドのスタイルの話
先日発売されたRock&Snow No.88は、先日に事故で亡くなった杉野保さんを追悼し、杉野さんと親交のあった多くのクライマーが追悼の辞を送っています。改めてその偉大な足跡と失ったものの大きさを再認識するとともに、氏のスタイルに対する拘り、特にオンサイトに対するそれが強く伝わってきました。
この特集を読みながら思い出したのは、杉野さんが初登した「炎のメリーゴーランド」にまつわるスタイルです。このルートは2015年に管理人も登り、当時は会心の登攀と感じたものの、その後何かにつけ思い出すにつれ、初登時のスタイルの素晴らしさと比べると節操のないクライミングだったなと、内心忸怩たるものがあったところです。いい機会なので、自らの戒めの意味もこめて記しておきます。
「炎のメリーゴーランド」とは
炎のメリーゴーランドは、2006.1に初登された、城ケ崎アストロドームのトラッドルートです。グレードは5.13/c。正確には下部パートの「メリーゴーランド」は故吉田和正さんがピンクポイントで初登しており、「炎のメリーゴーランド」は「メリーゴーランド」の終了点から10メートルを延長したルートです。下部の「メリーゴーランド」は終了点以外はナチュラルプロテクションですが、オリジナルの10メートルはボルトが2本設置されており、ナチュラルプロテクションとボルトのミックスルートとなります。
「炎のメリーゴーランド」の初登スタイル
炎のメリーゴーラウンドの初登スタイルは、CLIFFのページに以下の記載があります。
プリプロはせず、「自力でカムセット、落ちたらそこまで残置」スタイルで登った。(中略)
(13b/cというグレードは自力セットを前提にしたものです)
プロテクションは、メリゴ部分、緑エイリアンから青キャメまで、オリジナルに入ってボルト2本と黄キャメ。(中略)
(ボルト設置など入れて2日間4回目)
「自力でカムセット、落ちたらそこまで残置」というのは少しわかりづらいですが、同じページで城ケ崎もずがねエリアの「秘奥義」を初登記録に以下の記載があります。
スタイル的には、すべてのカムをセットしながら登り、途中で落ちた場合はそこまでのギアを残すやり方(昔でいうロワーダウン+引き抜き方式)で登った。
(試登を入れて3日間8回目)
炎のメリーゴーランドもおそらく同等のスタイルで登っていると推測されます。ここから読み取れることは、明示的に記載はないものの、ロープにぶら下がってのムーブ練習は一切行っていないということです。ボルトは上部の立ち木等から懸垂下降して設置していますが、その際もホールドのチェック等はしたかもしれませんが、ムーブ練習はしていないでしょう。
ルートクライミングにおけるスタイル
「レッドポイントとは、いわば仮想のフリーソロだ」
「オンサイトも、結局はそういうことだ」
今回の追悼記事において、クライミングインストラクターの菊池敏之(ガメラ)さんは、上記を杉野さんの言葉として紹介しています。これはルートクライミングにおけるスタイルの考え方を端的に表すものです。
安全確保のための支点・ロープを使用しないフリーソロを最も純粋なクライミングと捉えると、ロープにぶら下がるという行為は仮想的な死と言えます。軽薄な例えですが、ゲームで言うところのゲームオーバーです。
オンサイトは、安全確保のためにロープを付けて登るものの、そのルートにトライしている間、1度もロープにぶら下がる事なく登りきるので、ゲームオーバー0回でクリアとなります。精神的な負担は異なるものの、フリーソロと同じように(仮想的にも)死なずに登り切っているので、フリーソロに最も近い価値あるスタイルと言われるのです。
一度でもロープにぶら下がっての完登は、ざっくりまとめればレッドポイントとなりますが、その中でもロープにぶら下がってのムーブ練習をするかしないかで分かれます。フリーソロであれば落ちたら下まで落ちるので、落ちたところのムーブ練習なんてことはできません。そこに目を瞑って、ロープにぶら下がった状態でムーブを練習するのを是とするのがハングドッグであり、ある意味チーティング(ずる)をしているのです。ゲームに例えれば、最初からやり直さずにゲームオーバーになった地点から始められる"コンティニュー"でしょうか。
「炎のメリーゴーランド」の初登スタイルは、ボルト設置のためにロープにぶら下がってはいるもののハングドッグをしていないと考えられます。現代クライミングで市民権を得ているチーティングを敢えて排除し、登るたびに未知のパートを手探りで進んでいく余地を残した、スタイルに拘った登攀であったと言えるのです。
管理人が再登した際のスタイル
翻って、管理人が登った際のスタイルは以下のようなものでした。
- メリーゴーランドのトライ数も含めれば、50回以上は確実にトライ
- ハングドッグしてのムーブ練習はしまくり
- 時には「メリーゴーランド」の終了点にFIXロープを張り、そこまでユマーリングで上がってから上部だけパート練習を実施
- 最終的には上部2本のボルトは使用せず、ナチュラルプロテクションのみで登った
この中で、4点目だけは、「あるがままの岩を登る」という意味では少しは良いスタイルと言えるかもしれませんが、その他3点は、初登時のスタイルから読み取れる杉野さんの思想を完全にスポイルし、台無しにする所業といったところです。
もちろん、現代のクライミングにおいてハングドッグを使用してのレッドポイントは市民権を得ている一般的な戦略です。自身の限界グレードを一段階上げる際には特に欠かせない手法であることは間違いないです。しかし、それは同じようにハングドッグでのワークトを経て初登されたスポートルートでやってもいいし、ジムのルートでやってもいいことだったわけです。それを、クライミングの根源的と言ってもいい思想を尊重して開かれたこのルートで行うべきではなかったのではないかと、時々苦い思いが浮かぶのです。
以上
参考
ルートクライミングのスタイルについては、ガメラさんのページに、私的なランキングが記載されており、引用させていただきます。(ムーブ練習しまくりのレッドポイントは下の下。)
1.オンサイト・フリーソロ
2.オンサイト
3.落ちたらすぐロワーダウンして、ロープを引き抜き、レッドポイント
(落ちた回数=ロワーダウン回数とフリー度を反比例)
4.落ちたらすぐロワーダウン、しかしロープは引き抜かず、シージングで完登
(上に同じ)
5.初見ワンテンション、またはツーテンション、で、終わり
6.とりあえず数テンションと呼べる範囲内で抜けた上でのレッドポイント
(落ちた回数とフリー度を反比例。ただしレッドポイントまでの回数は関係なし)
7.トップロープで以下同上
8.アケママ
9.アケママ
10.1回につき10指を超える回数のテンション(トップロープ含む)後のレッドポイント
(レッドポイントまでの回数はまったく関係なし)
余談
今回からRock&SnowはKindle版での購入が可能になりました。毎号購入しており、家での置き場所に困っていたので、とても助かります。今後はKindle版を購入していくつもりです。
ただ今回は杉野さんの追悼号でもあることから、紙版を購入しました。同じく追悼号であるRock Climbing誌と本棚に並べて、個人を悼むこととします。