クライミング後に長時間アイシングすることの弊害

前回は非ステロイド系抗炎症薬の常用によるリスクについて考察しました。今回は、同じく炎症を鎮める手段であるアイシングについても触れておきます。

野球でピッチャーが登板した後に肩をアイシングするのと同様に、クライミング後に指をアイシングする事が流行ったことがありました。最近はどれくらい行われているのかわかりませんが、管理人の経験だと7〜8年前くらい前までは多くのジムで、冷凍庫にアイシング用の氷が準備されていました。しかし、怪我をしていない状態で炎症を鎮めることの悪影響は、今までもロクスノやクライマーズネットの記事で取り上げられており、余り見かけなくなった風景に感じます。今回はその追検証をしてみます(追検証なので、目新しい話はないです)。

なお、今回も怪我をした直後の急性期は対象外とします。飽くまで、ライミング後に定常的に、怪我予防や慢性痛の除去を目的として行うアイシングを対象として考察します。

炎症についての一般的な内容は前回の記事を参考にしてください。

takato77.hatenablog.com

アイシングと炎症の関係

アイシングは氷や水などを用いて、身体の温度を局所的に下げます。それにより、

・血管の収縮

代謝の抑制

・痛覚の麻痺

といった効果をもたらし、炎症の拡大を抑制します。

ステロイド系抗炎症薬は、化学的にプロスタグランジンをブロックすることで炎症の拡大を抑制するものでしたが、アイシングは生理的活動の環境要因となる温度を下げることで炎症の拡大を抑制します。

作用の機序は異なりますが、炎症を鎮めるという効能は、非ステロイド系抗炎症薬もアイシングも同様になります。

アイシングのやり方

上記のような炎症の抑制を目的としたアイシングは、比較的長い時間しっかり冷やす必要があります。アイシングを行うと、時間が経つにつれて、以下の四段階で感覚が変化します。

  1. ジーンと痛みを感じる
  2. 暖かさを感じる
  3. ピリピリとした痺れ感を感じる
  4. 感覚がなくなる

4までいったら、それ以上続けると凍傷のリスクがあるので、そこで終了します。時間の目安としては15分から20分と言われますが、身体的な感覚で判断した方がよいでしょう。

ライミング後の長時間アイシングの弊害

おさらいとして、微細な炎症と休養は、腱組織の正常状態への回復に必要となります。また、過去記事の腱・靭帯を強くする栄養摂取(コラーゲンとビタミンC) - May the friction be with you!で触れた通り、腱組織も長い時間をかけてトレーニング刺激に適応して太く強くなっていく事がわかっています。ライミング後に定常的に長時間のアイシングを行うと、回復と適応に必要となる炎症を阻害してしまうと考えられます。

これらは、冒頭挙げたロクスノやクライマーズネットの記事で述べられている内容とほぼ同様です。

クライマーズネットの記事においては、

血行が悪くなるので闇雲なアイシングは逆効果の場合もあるのです。内出血も強い炎症も起きていなければ、温めて血行を促進したほうが良い結果が出ます。(中略)

登ったあとで指先に”強いほてり・腫れ・脈打ち感”があるときはアイシングしましょう。反対にそのような兆候が見られないのであれば、家に帰ってゆっくりお風呂に入って温めるといいです。

とあります。

また、Rock&Snow No.39の「新井祐己のハードコア人体実験室」では、登った後のアイシングの狙いは炎症抑制ではなく血行促進であるとし、以下のように述べられています。

冷やす目的は、冷やして炎症を抑えることじゃないですよねぇ。(中略)基本的には「冷やして収縮した血管が、アイシング後にリバウンドで拡張し、血流が促進されて疲労物質を拡散させる」ってのがキモのはず。すなわち、冷やしたあとに挙上したり冷温交換浴しなきゃもったいなくないですか?

それでは、クライミング後には長時間のアイシングに代えて何を行えばいいのでしょうか。痛みがない場合とある場合に分けて考えてみます。

長時間のアイシングに代えて行うこと(痛みがない場合)

血行を促進させる

血行を促進させることで老廃物の速やかに除去して代謝を良くし、組織の回復を促します。

温冷浴(コントラストバスセラピー)

上記のクライマーズネットとロクスノ両記事でおすすめされているのが温冷浴です。お湯で温めたのちに氷水で冷やす事を繰り返す事で、血管拡張と血管収縮を交互に発生させて、局所的に血行をよくする作用があります。

管理人も試したことがありますが、正直かなり面倒で、痛みがない状態でこれをルーティン化するのは、相当強い意志がいると思います。

加圧(BFR)による血行促進

アイシングしづらい岩場でも行える血行促進策として、加圧バンドを用いたやり方を紹介しています。加圧バンドを装着して行うトレーニング自体は過去記事のBFR(血流制限)トレーニングとクライミング - May the friction be with you!で書いたとおり、加圧バンドを上腕に装着してフィンガーカールなどのワークを行います。トレーニング目的では上肢が酸素欠乏の状態でワークを行うことがポイントです。一方血行促進を目的とする場合、加圧バンドで静脈流を圧迫して毛細血管にかけた圧を解放することによる血流増大がポイントとなります。そのため、手法としては加圧バンドを装着しますがワークは行いません。5分ほど安静にしたのち、バンドを解放します。

腱のストレッチ(デッドハング)

以上の血行促進を図っても、がっつり登った翌日には指がギシギシ軋むことも多いのではないでしょうか。腱組織は速いスピードで力を込めるような運動を行うと硬くなる性質があり、軋みの一因となっています。この軋みを和らげるために、クライミング後に30秒程度のオープンバンドでのデッドハングを数回行うと、腱組織がストレッチされて、翌朝の指の軋みがかなに穏やかになります。

このやり方は管理人は先月知ったばかりで、1ヶ月ど継続していますが、指の調子はかなり良いです。以下のブログ記事触れてますので参考までに。

takato77.hatenablog.com

長時間のアイシングに代えて行うこと(痛みがある場合)

パキリなどの急性な故障でも無く、慢性的な痛みがクライミング後にあるのならば、アイシングで痛みを散らすのでは無く、きちんとリハビリを行うべきでしょう。医療機関を受診するのが基本ですが、セルフで行えるプログラムを紹介した記事もあります。

www.blackdiamondequipment.com

ボリュームがある記事なので詳しくは別途としますが、端的に言うと、痛みが少し出る程度に負荷を調整したデッドハングを数日置きに行うことで、緩やかな炎症と回復による腱組織のリモデリングを行います。

(BlackDiamondの記事なので、そのうちロストアローのHPで翻訳が読めるかも?)

まとめ

  • ライミング後に手指を定常的かつ長時間アイシングすることは、腱組織の回復や成長に必要な炎症を阻害する
  • ライミング後は長時間アイシングに代わり、温冷浴や加圧ベルトにより血行を促進する事が望ましい
  • デッドハングによる腱組織のストレッチでも、クライミング翌日の指の軋みを軽減できる

もしクライミング後の定常的なアイシングを継続している方がいれば、デメリットが提唱されている事を考慮して代替策の適用も検討してみてはいかがでしょうか。

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。