エネルギーシステムトレーニング(乳酸性機構vol.2)

前回は、運動時に体内で起きている乳酸性機構の生理学的なメカニズムを紹介しました。今回はそのメカニズムをふまえて、30秒以上ハイパワーを継続するクライミングに適応するための効率的なトレーニング方法論を紹介します。

 

前回までの記事は以下を参照ください。

エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(全体像) - May the friction be with you!

エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(ATP-CP機構 vol.1) - May the friction be with you!

エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(ATP-CP機構 vol.2) - May the friction be with you!

エネルギーシステムトレーニング(乳酸性機構vol.1) - May the friction be with you!

 

今回の記事もEric HörstのPodcastの内容を咀嚼してまとめたものになります。生化学の単語が聞き慣れない事を除けば、発音が明瞭で聞き取りやすい英語なので、興味のある方は聞いてみてください。

trainingforclimbing.libsyn.com

 

乳酸性機構の生化学反応のおさらい

前回のブログ記事にて、乳酸性機構の生化学反応を確認しました。ざっくりおさらいすると、以下のようになります。

  • PFKという酵素が活性化することで乳酸性機構によるエネルギー生産が活発に動くようになる
  • 乳酸性機構によるエネルギー生産が進むと水素イオンが生成されて筋細胞内が酸性に傾いていく
  • 筋細胞内が酸性になると、PFKの活性が抑制されて乳酸性機構によるエネルギー生成が継続できなくなる
  • LDHAという酵素MCTというトランスポーターの働きにより、水素イオンを筋細胞内から除去することができ、乳酸性機構によるエネルギー生産を長続きさせることができる

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乳酸性機構の生化学反応全体像

乳酸性機構のトレーニングのポイント

乳酸性機構は、前回述べたとおり、数十秒以上継続するハイパワー出力が必要な運動において活性化します。このように、ハイパワーかつ一定期間継続する持久力も必要となる運動の性質をパワーエンデュアランスと呼びます。

数十秒以上とひとくくりにしましたが、乳酸性機構が動き始めるフェーズである10秒~30秒で終了するクライミングと、水素イオンが蓄積して乳酸性機構の活動が抑制されるフェーズである60秒程度継続するクライミングでは、強化したいポイントが異なってきます。

それぞれのトレーニング効果を理解しやすくするため、Eric Hörstはパワーエンデュアランスを3つのカテゴリーに分類しています。それぞれのトレーニング方法と効果を以下に記します。

ハイエンドパワーエンデュアランス

定義と特徴

ハイエンドパワーエンデュアランスは、ボルダリングや、ルート中の短い核心パートのように、15-30秒程度ハイパワー出力が継続する運動と定義します。

ハイパワーの運動が5秒程度継続すると、ATP-CP機構によるATP生産が徐々にストップしていきます。ハイパワーの運動を継続するため、乳酸性機構によるATP生産が主役となっていきます。この乳酸性機構の序章とも言えるフェーズでは、できるだけ短期間で多くのATPを生産することができれば、より強いパワーを出力することができるようにります。そのため、ATPを生産する反応を触媒する酵素であるPFKを活性化するトレーニングを行います

レーニング内容

実際に15秒~30秒程度かかる強度の高いクライミング動作を繰り返すことでトレーニングします。

ボルダリングで行うならば、完登に15秒から30秒かかる課題を数課題選んで、10~15セット登ります。セット間レストは5分程度しっかり休み、各トライで発生した水素イオンがしっかり除去されるように注意します。体に負荷がかかる時間が短すぎると意味がないので、すぐに落ちてしまうような難しい課題ではトレーニングになりません。とはいえ、ハイパワー出力が必要となる課題である必要もあるので、適切な難易度の課題を選定することが重要となります。10~15セット繰り返して、最終セットでも完登もしくは完登に近い高度まで達することができる範囲で、できるだけ難しい難易度の課題を選定するようにしましょう。

ハングボードで行うならば、7秒ぶら下がって3秒休みを3回繰り返すのを1セットとして、同じように10~15セット行います。1セットの時間が30秒で、ボルダリングの場合と同様の負荷量となります。こちらも10~15セット繰り返すことがぎりぎりできる強度となるように、重り等をぶら下げるなどして負荷を調整します。

どちらも高強度のトライをしっかりレストして行うため、パンプはあまり感じないのがポイントです。パンプするようならレストが足りなかったり各トライの時間が長かったりするかもしれません。 

インターミディエイトパワーエンデュアランス

定義と特徴

インターミディエイトパワーエンデュアランスは、40秒~60秒程度ハイパワー出力を継続する運動と定義します。ボルダリングでも少し長めの課題になってきます。

40秒~60秒程度ハイパワー出力を継続するには、蓄積する水素イオンをできるだけ効率的に除去し、乳酸性機構によるエネルギー生産が抑制されないようにすることが重要になります。そのため、水素イオンを除去する反応を進めることのできる、LDHAとMCT1を活性化するトレーニングを行います

レーニング内容

実際に40秒~60秒程度かかる強度の高いクライミング動作を繰り返すことでトレーニングします。ハイエンドパワーエンデュアランスより各セットの強度は落とし、中強度程度とします。

通常のボルダリング、ムーンボード、強度を落としたキャンパシングなどが有効です。40秒~60秒程度を1セットとし、4セット~12回繰り返します。レスト感覚は5分程度とし、各セットで蓄積した水素イオン、乳酸が筋細胞内からしっかり除去されるように注意します。目標のセット数がぎりぎり達成できるように、課題の強度・時間を調整することで、全セットを終えるとパンプを感じます。

ハングボードであれば、7秒ぶら下がって3秒休むのを6回繰り返すのを1セットとすれば、60秒程度の負荷とすることができます。

ロングパワーエンデュアランス

定義と特徴

ロングパワーエンデュアランスは、60秒~180秒程度、できる限りハイパワー出力を継続する運動と定義します。レストしづらいルートクライミングのイメージです。

この長さになってくると、水素イオンも乳酸も蓄積されてきた状況下で如何に動き続けることができるか、という古典的な乳酸耐性を鍛えることがポイントとなります。酸性に筋細胞内が傾きかけた状態でも、乳酸性機構を継続するためのPFK、LDHA、MCTといった物質が活性化して動き続けることができるようにトレーニンします。

このトレーニングは筋細胞内が酸性の状態で限界まで動き続けるので、ひどくパンプするのが特徴です。

レーニング内容

これ以上ハイパワーが出ない状態まで筋細胞内が酸性になるように追い込んで動き続ける事が、適応のトリガーになります

リードクライミングボルダリングの繋げものが最適なトレーニングになります。2分程度継続する課題を選択して登りますが、酸性状態に追い込むのが目的なので、登っている最中にガバホールドがあってもレストはしないようにします。シェイクもなるべくしないようにしましょう。1トライごとに、6分から10分、しっかりレストするようにします。

また、4×4(フォーパイフォー)も有効です。4×4は、4つのボルダー課題を、課題間のレストも含めて1課題1分、4課題合わせて4分で登るのを1セットとします。1セット登ったら4分レストしてまたセットを繰り返し、4セット程度行います。

ハングボードで行うならば、15秒ぶら下がって5秒休むのを8回程度繰り返すのを1セット行うのがよいでしょう。

効果はすぐに出るが持続しにくい

ロングパワーエンデュアランスの特徴は、1〜2回のトレーニングにすぐに反応し、目に見えて持久力が上がる事です。その分、頭打ちになるのも早く、4週間以上ロングパワーエンデュアランスのサイクルを続けても、それ以上向上はしないので、別のトレーニングにシフトするべきです。視点を変えれば、目標となる課題に向けたトレーニングの仕上げとして行うのが効果的です。

注意点

ロングパワーエンデュアランスはとてもパンプするため、トレーニングしている実感が感じられますが、オーバートレーニングに陥りやすい点は注意が必要です。週2回、多くても3回程度に留めておくのが適正です。それ以上やると、過度に酸性状態にさらされる事で、酵素ミトコンドリアがダメージを受けて働きが悪くなり、逆に持久力が落ちていきます

まとめ

  • 乳酸性機構のトレーニングは、ハイパワーの継続する時間によって、ハイエンドパワーエンデュアランス、インターミディエイトパワーエンデュアランス、ロングパワーエンデュアランスに分けられる
  • ハイエンドパワーエンデュアランスはPFKの活性化を目標に、20〜30秒の高強度クライミングを行う
  • インターミディエイトパワーエンデュアランスは、LDHA・MCTの活性化を目標に、40〜60秒の中強度クライミングを行う
  • ロングパワーエンデュアランスは、酸性状態で動き続ける2分程度のクライミングを行う
  • ロングパワーエンデュアランスは効果が出やすいが頭打ちも早いので長期間行わない

一口にパワーエンデュアランスと言っても、運動の持続時間と強度によって鍛えられる要素が異なってきます。行なっているトレーニングが目的に則しているのか意識して、効率的にトレーニングを組み立てたいところです。

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。