書籍紹介:競技力向上のためのウェイトトレーニングの考え方

 

競技力向上のためのウエイトトレーニングの考え方

競技力向上のためのウエイトトレーニングの考え方

  • 作者:河森 直紀
  • 発売日: 2020/09/10
  • メディア: 単行本
 

 

本書は、タイトル通り、ウェイトトレーニング」が「競技力向上」につながる理由を教えてくれる本です。

本ブログを読んでくれる層の大半を占めるフリークライマー・ボルダラーの世界では、登ること自体がトレーニングという考え方が一般的ですよね。本当にその考え方に固執していてよいのか、最近管理人が感じていた疑問に答えてくれた本でした。

本書の紹介

ストレングス&コンディショニングコーチの役割

著者の河森直紀さんは、ストレングス&コンディショニングコーチです。そもそも、この職種からして馴染みがないかもしれないので、そこから説明します。

スポーツでよい結果を出すために影響する要素はいろいろあります。本書で代表的に挙げられているのは、メンタル、技術、体力、環境、チームワーク、経済力、体格、相手との相性、状況判断、などです。この中で、体力を向上させる事を指導する専門家がストレングス&コンディショニングコーチの役割です。

ここでいう体力は、筋力・パワーを中心に、持久力や柔軟性も含んでおり、目的とする試合や期間に選手が最高のパフォーマンスを発揮できるようにトレーニングプログラムを組んで指導します。

本書で学べる事

ウェイトトレーニングの本というと、具体的なワークアウトのやり方だったり、計画の立て方の解説を想像するかもしれません。それらはつまりHowやWhatを扱うものですが、本書のスコープはそこではありません。つまり、なぜ「ウェイトトレーニング」が「競技力向上」につながるのか、その考え方(Why)を教えてくれる本です。

ウェイトトレーニングというと、必ず出てくる意見が、「筋肉がついて体が大きくなっても、競技力向上につながるとは限らない」「練習をたくさんすれば競技に必要な体力はつくから、個別にウェイトトレーニングをする必要はない」などの意見です。プロ野球が好きな人なら、ウェイトトレーニングを導入した球団や選手に対して、評論家がそんな批判をしてるのを聞いたことありますよね。そんな批判が起きる原因は、ウェイトトレーニングと競技力向上の間の関係性に対する誤解・無理解であることが、本書を読み進めることで理解できます。

本書では、なぜトレーニングをするのかという目的の再確認から始まり、レーニングによって得られる効果が競技力の向上にどう寄与するのか、一連のプロセスを丁寧に言語化して解説してくれています。その中から、最も印象に残ったキーワードをい紹介し、クライミングに当てはめて少し考察します。

練習の主目的は「技術の向上」、トレーニングの主目的は「体力の向上」

「練習」という言葉と「トレーニング」という言葉を意識して使い分けること、できてませんでした。まずこの2つが指す目的の違いを認識することが、ウェイトトレーニングの必要性を理解する一丁目一番地ですね。

ライミングジムに行くときに、「トレーニングしに行く」って言いますよね。クライミング関連書籍の多くには、「クライミングは自重を扱うスポーツなので、クライミングを行うこと自体がトレーニングになる」的な考え方が常套句として書かれていましたし、その考え方はおそらく多くのクライマーにとって一般的でしょう。

ライミングに必要な「技術の向上」は、クライミングの正しい動きを知って反復練習することで達成できるので、ライミング自体を行う「練習」をする必要があります。しかし、クライミングに必要な「体力の向上」は、クライミング自体を行うことが最も最適なやり方なんでしょうか。

「練習」を行うことによってクライミングに必要な体力は確かに向上します。しかし、本書によれば、それはあくまで副次的な効果で、「練習」の主目的は「技術の向上」と説いています。そして、「練習」とは別に「トレーニング」を行って体力を向上させることによる様々なメリットも解説されています。

例1:練習だけを実施するよりも効率よく体力を向上させる事ができる

例えば、弱点がカチホールドの保持力と明確な場合、その力を1番効率的に鍛えたいなら、10秒程度ぶら下がれる限界程度のエッジにぶら下がる方法が、最もシンプルに負荷をかけられます。しかし、実際のクライミングでは、

  • 交互に手を出すため、両手でホールド保持している時と片手でホールドを保持している時がある
  • 一手ごとにホールドのサイズが違う
  • 同じホールドを保持しても、体全体の姿勢によって持ちやすさが変わる

などの理由により、一定以上の負荷を継続してかけ続けるのは難しいでしょう。そのため、明確な弱点を鍛えるのに、多くの時間がかかる、もしくは負荷が足りずに強化できない、といった事が起きます。

例2:技術が要求する体力レベルに体が追い付いていない

本書では、女子バスケットボール選手が片手でスリーポイントシュートを打つ例が出ています。最低限の筋力がなければ何度練習しても習得できない技術があるという話です。

これはクライミングで言うと、下半身や体幹の力が弱くて壁の中でよい姿勢が保てない、といった例が当てはまりますね。また、距離が必要なダイノムーブなども、足の筋力が足りなくて、コーディネーションをどれだけ向上させてもさっぱりできない、という事があり得ます。その場合、スクワットやボックスジャンプなどをトレーニングとして行った方が良いでしょう。

【余談】クライミングジムに行くときの「トレーニングしに行くかな」みたいな漫然とした意識って、効率的に体力を向上させられないだけではなく、「技術の向上」という観点でも悪影響ですよね。「技術を洗練させる」目的意識が持てず、単純に筋力・パワーの向上だけ意識して、できるだけ強度が高いムーブの課題を登ってヘロヘロに疲れたから満足、ってなっちゃうので。

 

 

 

ライミング能力を向上させるためのウェイトトレーニング方法論

「競技力向上のためのウェイトトレーニング」は、ベースとなる考え方を記した本なので、実際に競技能力を向上させるためには、競技ごと個人ごとにニュアンスをつけて具体的なトレーニング計画を組む必要があります。

ライミングは、スポーツとしての発展の歴史が新しいです。そのため、体系的なトレーニングと、草の根的に発達した独自研究的なトレーニング理論が混在している印象です。

ベストかはわかりませんが、現時点で、ストレングス&コンディショニングの考え方に従ってトレーニング方法論を解説している書籍は、以下の記事で紹介したLogical Progressionではないかと感じます。 

 

takato77.hatenablog.com

著者のSteve Bechtelはベテランクライマーである事に加え、経験豊富なストレングス&コンディショニングコーチです。クライミングという競技の特性を考慮しながら、ストレングス&コンディショニングの体系的な知識と経験をふまえて、クライミング能力を向上させるトレーニングプランの組み方を解説してくれます。

  • ライミングシューズを履いて技術的な練習をする時間は75%程度、それ以外の体力トレーニングの時間を25%程度の配分とすべき
  • ワークアウトは、指の保持力トレーニング以外にも、上半身はプッシュとプル、下半身はスクワットとヒンジから、それぞれ1種目くらい行うとよい
  • 具体的なワークアウトはデッドリフトやケトルベルスイングなど、上半身だけではなく下半身や体幹も鍛える、フリーウェイトを使用したものが多数

などなど。

初めて読んだ時は、「クライミングを行う事自体がトレーニング」的な考え方に捉われていました。そのため、正直、なぜクライミングに強くなるために、こんなにウェイトトレーニングをする必要があるのか理解できませんでした。今回、「ウェイトトレーニング」と出会い読んだことで、改めてLogical Progressionが提案するトレーニング方法論のベースになる考え方が理解できました。Logical Progressionも再読して、自身のトレーニングを見つめ直してみるつもりです。