書籍紹介「Unstoppable Force - Strength Training For Climbers」

 

www.climbstrong.com

 

 

むかしのRock&Snow誌(*1)で、多くの有名クライマーに対し、「鍛えた方がいい体の部位の優先順位」という質問を行った記事がありました。この時の平山ユージさんの回答は、要約すると、"全身どれもが大切と答えたい。敢えて順番をつけると、指・前腕・肩・腹筋・背筋・脚力。"というものでした。上半身だけではなく、下半身も同様に大切と捉えている事がわかります。

このように、上半身だけではなく足腰・体幹のトレーニングも行った方がよいという認識は、多くのクライマーがなんとなく感じていると思います。しかしながら、具体的にどれくらいの筋力があればクライミングに対して十分と言えるのか、よくわからないのが実情ではないでしょうか。

その問いに対する答えは、「Unstoppable Force -Strength Training For Climbers」を読めばわかるかもしれません。

本書では、「クライミングを行うにあたって必要となる基礎体力の目安」を提示してくれています。その対象は、指の保持力や引き付けの力といった、クライミングとの関係がわかりやすいものだけではありせん。押す力や足腰・体幹などを含めた、全身の基礎体力です。そして、それらの基礎体力を獲得し維持するために必要となる、トレーニング方法の解説も詳細に記されています。

 

著者の紹介

著者のSteve Bechtelは、ストレングス&コンディショニングコーチとしてのスキルと経験をベースに、多くのクライマーにトレーニングプランを指導してきた実績を持っています。フィットネス&クライミングジム(Elemental Performance + Fitness)を経営し、同時にClimb Strongというクライマー向けオンライントレーニングサービスを提供しています。

以前紹介した「Logical Progression」もSteve Bechtelの著書です。こちらは、クライミングレーニングのプログラム作り(ピリオダイゼーション)が主題です。クライミングに必要となるストレングス、パワー、エンデュランスという複数の要素を、どのようにバランスよく鍛えていくかということが学べますので、興味のある方は読んでみてください。

takato77.hatenablog.com

本書のフォーカスは、壁を登ること以外の基礎体力トレーニン

実際に壁を登ることによるトレーニングは、本書の対象外です。扱っていません。代わりに、ライミング動作を効率的に行なうベースとなる「基礎体力を鍛えるトレーニング」について、包括的にまとめられています。

ライミングに限らず、どんな競技においても、その競技に求められる特有の動きが力強く正確にできることが理想です。しかしながらそれらの根底には、共通した基本的な人間の動作パターンが存在しています。その基本的な動作パターンを鍛えるためには、クライミングではなく、より一般的な体力トレーニング方法で行うのが最も効率的である、というのが本書の哲学です。

とはいえ、クライミングはスキルスポーツなので、実際に壁を登ることによる練習ももちろん大切です。著者のSteve Bechtelは、25-75ルールというものを推奨しています。これはトレーニング時間の割合を表しています。クライミングシューズを履かないで行う体力トレーニング時間を25としたら、クライミングシューズを履いて行う実際のクライミング時間は75程度がよい、というガイドラインです。本書は、前者の体力トレーニングをターゲットにした書籍ということになります。

本書で学べること

本書で学べることは、大きく以下の3点です。

  1. クライマーはどんな基礎体力トレーニングをすればいいか
  2. クライマーに必要な基礎体力はどれくらいか
  3. 基礎体力トレーニングの方法とプログラミングの詳細

3点目は詳細のため、実際に本を読んでいただくのがよいでしょう。本記事では、1点目と2点目を簡単に紹介します。

1.クライマーはどんな基礎体力トレーニングをすればいいか

本書では、「特定の筋肉を鍛えるのではなく、動きのパターンを鍛える」ように意識することを強調しています。具体的には人間の基本動作とも言える以下の5つです。

  • スクワット
  • ヒップヒンジ
  • 押す動作
  • 引く動作
  • 体幹

これらの動作パターンの詳細は割愛しますが、ストレングストレーニングにおいて、この分類は比較的一般的です。ストレングス&コンディショニングコーチの河森さんのブログ記事がわかりやすいと思いますので、参考までに。

 

kawamorinaoki.jp

 

「Unstoppable Force」では、これらの5つの動作パターンと、クライミングに特有な力である指の保持力を加えた6つが、クライミングに必要となる基礎体力トレーニンであるとしています。

ヒップヒンジはクライミング動作との関連がパッと掴みづらいかもしれません。先日、ロックビーンズ室岡さんのYouTube「部活動チャンネル」を見ていて、わかりやすい例があったので紹介します。

ヒップヒンジの代表的なエクササイズは、地面からバーベルを持ち上げるデッドリフトです。クライミングでは当然、地面にあるものを持ち上げたりはしません。しかし、股関節を曲げ伸ばしする動作として捉えると、クライミングにおいて重要な動作パターンであることがわかります。以下の動画では、かきこみ動作を行う際に、膝だけを動かすのではなく、股関節をしっかり動かしていく「腰をつめる」という動きを解説しています。

youtu.be

 

2.クライマーに必要な基礎体力はどれくらいか

本書を読んで、最も参考になった内容です。

5つの動作パターンと指の保持力を鍛えると言っても、実際にはどれくらい鍛えればよいのでしょうか。例えばパワーリフティングにおけるスクワットの世界記録では、505㎏のバーベルを持ち上げるそうです。しかし、クライマーにとっては、そこまでのスクワットの力は当然不要です。

本書では、「どの程度の基礎体力があれば、クライミングを行うにあたって必要十分と言えるのか」という問いに対して、目安を提示してくれています。

以下にその目安の抜粋を記します。正直、なかなか高いレベルの数値に感じます。しかしよく考えれば、クライミングはルーフに近い傾斜で飛んだり跳ねたりするスポーツですから、怪我をしないで楽しむために、しっかりとした基礎体力が必要なのは当然かもしれません。

なお、これらの数値はあくまで、著者が薦める目安でしかありません。絶対的な正解ではないでしょうし、別の考え方もあるかもしれませんので、参考までに。

スクワット

片足スクワット(ピストルスクワット)が左右それぞれ5回以上できる。

ヒップヒンジ

デッドリフトの3RM(3回が限界となる重量)が、体重の2倍程度上げられる。

押す動作

ベンチプレスの3RMが、体重程度上げられる。

片手オーバーヘッドプレスが、体重の半分程度上げられる。

引く動作

懸垂の2RMが、男性なら体重+1/2程度、女性なら体重+1/3程度。

体幹

フロントレバーができる。

指の保持力

これだけあれば十分、という目安はない(保持力があればあるほど良い)。しかし、20mmのエッジに10~15秒程度はぶら下がれた方がよい。  

本書の購入方法

日本のAmazonでは残念ながら扱っていません。そのため、以下のいずれかから購入するのがよいでしょう。

  1. アメリカのAmazon.com (ペーパーバックのみ)
  2. Climb Strongの直販サイト (ebook もしくはペーパーバック)

値段はどれも$28.95(2021/6時点)となってます。

ペーパーバックだとアメリカからの個人輸入になるので、時間と送料がそれなりにかかります。

ebookは送料不要かつ、注文したらすぐに読めます。フォーマットはPDFです。

 

参考文献

(*1) Rock&Snow No.017 "100 tips -もっと登れるようになるためのQ&A"