激しくパンプするクライミングトレーニングの適切な用法/容量
ルートクライミングにおいて、完登を妨げる要因にはいろいろあります。その中で最も代表的なものは持久力要因ではないでしょうか。
体がフレッシュな状態であれば問題なくムーブができるのに、初手からつなげて登ってくると、疲労によってホールドを保持しきれなくなり落ちてしまう。そんな状況です。
持久力を強化するトレーニングの一つとして、激しくパンプするようなクライミングを繰り返すことで体を慣れさせる、というものがあります。実際に効果がある方法ではあるものの、体への負担が非常に大きく、オーバートレーニングにならないように注意が必要です。
激しくパンプするまで追い込むようなクライミングをトレーニング計画に組み込む際には、どのくらいの頻度・期間で取り組めばよいのか、考察します。
本記事の要点は、以下3点です。
- 激しくパンプするクライミングトレーニングにより強化できる無酸素系エネルギー生産能力は、比較的短期間のトレーニングでピーキングできる一方、効果の維持が難しい
- そのため、目標ルートのレッドポイントを狙う直前数週間に集中してトレーニングするのが効果的
- 通常時のトレーニングは、スキル練習、最大筋力の強化、有酸素系エネルギー生産能力の向上など、基礎の底上げに注力するのがよい
- 持久力を強化する要因とトレーニング方法
- 激しくパンプするクライミングトレーニングの特徴
- 激しくパンプするレベルのクライミングトレーニングを長期間継続することのデメリット
- 激しくパンプするクライミングトレーニングの適切な用法/容量
- おわりに
- 参考文献
持久力を強化する要因とトレーニング方法
クライミングにおける持久力は、図1のように、様々な要因に影響されます。そして、激しくパンプするレベルのクライミングによって鍛えられるのは、それらの一部に過ぎません。
図1に挙げた要因について、以下で少し中身を解説しておきます。図1を見て概ね理解できるようであれば、以下の1~4は読み飛ばしていただいて問題ありません。
1.スキル
スキルを高めて効率的な動きを修得することが、結果的に持久力を高めることにつながります。登り方(スキル)が下手だと、クライミング中に余計なエネルギーを使ってしまうためです。
2.最大筋力
最大筋力の向上も、持久力の強化につながります。例えば、あるホールドを保持するときに、全力の70%の筋力が必要だったとします。最大筋力が向上し、同じホールドを、全力の50%の筋力で保持できるようになれば、消費エネルギーが小さくなり、より長時間運動を継続できるようになります。
3.無酸素エネルギー生産の持続力向上
3点目は、運動に必要なエネルギーの枯渇をできるだけ遅らせることのよる持久力向上です。
強度の低い運動時は、酸素を使用(有酸素)し、ゆっくりエネルギーが作られます。強度の高い運動時は、多くのエネルギーが必要になるので、酸素を使用しない(無酸素)方式で、早く大量にエネルギーが作られます。
クライミングで落ちるシーンは、強度の高い運動なので、無酸素でのエネルギー生産を長く続けられるようになることで、持久力が向上します。
無酸素でのエネルギー生産は、筋細胞内に疲労物質が溜まって酸性に傾くと継続できなくなります。そのため、運動中に疲労物質を効率的に除去できるようになることで、無酸素でのエネルギー生産を長く続けられるようになります。疲労物質の除去能力は、2つに分かれます。
3-1.有酸素系エネルギー生産経路による疲労物質除去能力向上
クライミングは、強度の高い動きと低い動きが交互に発生するので、強度の低い動きをしているときは有酸素系のエネルギー生産が中心になります。有酸素系のエネルギー生産のよいところは、強度の高い運動で発生した疲労物質を材料として使用して除去してくれることです。
強度の低い、パンプしないレベルのクライミングを長時間行うことで、体が適応(*1)して、有酸素機構エネルギー産生過程で起こる疲労物質の除去が、効率的に行なえるようになります。
3-2.無酸素系エネルギー生産経路による疲労物質除去能力向上
強度の高い動きをしているときに中心となる無酸素系エネルギー生産においても、疲労物質を除去する仕組みが組み込まれています。疲労物質を筋細胞外へ排出したり、一定量を一時的に無害化する仕組みです。
激しくパンプするレベルのクライミングを何度も繰り返すことにで体が適応(*2)し、無酸素系エネルギー生産過程で起こる疲労物質の除去が、効率的に行なえるようになります。
4.心理的なストレス耐性の向上
4点目は心理的なものです。疲労した状態で運動するのは、心理的にも辛いものです。そのため、慣れていないと、疲労の限界状態より前に心が折れて、動きが止まってしまう事があります。
これを防ぐためには、激しく疲労した状態で動き続ける経験を積んでおくことが必要になります。
激しくパンプするクライミングトレーニングの特徴
改めて図1を眺めてもらうと、以下の2つについて、激しくパンプするレベルのクライミングを繰り返すことで鍛えられることがわかります。
一定の効果が見込めるため、行った方がよいトレーニングであることは間違いありません。しかしながら、1点目の「無酸素系エネルギー産生経路による疲労物質除去能力向上」については、トレーニング効果が持続しにくいという特徴があります。
トレーニング効果は、比較的短期間でピークに達します。およそ6~8日間でピークまで高められるようです(*3)。しかし、この効果はトレーニングをやめると、一か月程度で元のレベルに近いところまで低下してしまいます(*4)。
激しくパンプするレベルのクライミングトレーニングを長期間継続することのデメリット
「無酸素系エネルギー産生経路による疲労物質除去能力向上」は、持続しにくい特徴があるため、高いレベルを維持するためには、激しくパンプするレベルのクライミングトレーニングを定期的に続ける必要があることになります。
しかし、そうすると今度は、「その他の持久力強化が期待できる能力が停滞、もしくは退化する」というデメリットに直面することになります。
なぜなら、激しくパンプするレベルのクライミングは、図1で挙げたその他の持久力強化につながる能力を鍛えられない、もしくは悪影響があるからです。
激しくパンプするレベルのクライミングと、図1で挙げた持久力強化につながる要因の関係を確認してみます。
「1.スキル」を向上させるためには、疲労していない状態で正しい動きを反復する必要があります。そのため、激しくパンプするレベルのクライミングは、スキル練習にはなりません。むしろ、崩れた動作が身についてしまう悪影響がある(*5)可能性があります。
「2.最大筋力」についてはどうでしょう。激しくパンプするレベルのクライミングは、中強度の動きを一定期間継続します。それなりの強度はあるものの、最大筋力を向上させるには不十分です。
最後に、「3.有酸素系エネルギー産生経路による疲労物質除去能力向上」です。これについても、激しくパンプするレベルのクライミングでは、効率的に強化することができません(*4)。
激しくパンプするクライミングトレーニングの適切な用法/容量
激しくパンプするレベルのクライミングは、一定の効果がある一方、そればかりを行っていると、持久力強化につながるその他の能力の停滞・退化につながります。それでは、現実的には、激しくパンプするクライミングトレーニングを、どのようにプログラムに組み込んだらよいでしょうか。
クライミングのトレーニング計画について書かれている書籍「Logical Progression」では、目安として、以下のようにまとめられています
「年間スケジュールの中で、体のコンディションをピークに持っていきたい期間の直前に、2~4週間程度集中してトレーニングする」
短い期間でピークまで高めることができる無酸素系エネルギー生産能力は、基礎を底上げするトレーニングとして定常的に行う必要はありません。一時的なピーキングを目的として、集中的に行ないます。年間目標ルートのレッドポイントを狙う前などに行うのがよいでしょう。
「Logical Progression」では、”パワーエンデュランスは、ケーキの表面を覆う生クリームのようなもの”と記されています。パワーエンデュランスは、中強度の運動を一定期間継続する能力になります。クライミングをケーキに例えれば、スキル・最大筋力・有酸素系エネルギー生産能力などが分厚いスポンジです。激しくパンプするクライミングトレーニングは、最後の仕上げにパワーエンデュランスという生クリームを塗ることにあたります。生クリームがなければケーキとしては味気ないが、生クリームだけ厚く塗りたくった中身がスカスカのケーキでは、すぐに崩れてしまう、といったところでしょうか。
おわりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
参考文献
(*1)毛細血管ネットワークの発達、ミトコンドリア量の増大、酵素の活性化など
(*3)High / Low Training… What To Do and When. | Climb Strong
(*4)Training for Climbing 3rd Edition, Chapter 5. The Physiology of Climbing
(*5)Endurance 3.0 | Climb Strong