読書レビュー「コンペで勝つ!スポーツクライミング上達法」木村伸介

既にいくつかのブログや媒体で紹介されていますが、木村伸介さん初の著作となる「コンペで勝つ!スポーツクライミング上達法」が発売になりました。管理人もさっそく購入して読んでみましたのでレビューします。

コンペで勝つ!  スポーツクライミング上達法

コンペで勝つ! スポーツクライミング上達法

  • 作者:木村 伸介
  • 発売日: 2020/03/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

本書の特徴

本書の巻末で、著者の木村伸介さんは以下のように述べています。

今回の出版の原動力は、2010年に訪れたオーストリア研修会です。そこで得た知識と、これまで自分が行ってきたことを選手や指導者の方に伝えられたら、もっと全国から強い選手が必然的に育つのではないか。選手だけでなく指導者の方にも知ってもらいたいという思いです。世の中にはテクニックに関する入門書や技術書が溢れていますが、トレーニングに関する書籍はほとんどありません。

その言葉の通り、本書はライミングのトレーニングに特化して、実践的な方法論を提示しています。

上記にある2010年のオーストリア合宿に先立ち、2005年、2008年にも日本のユース世代がオーストリア合宿を行っています。2008年の合宿については、その模様がRock&Snowにも掲載されました。合宿を引率された小日向徹さんは、合宿の印象を以下のように結んでいます。

日本のトップレベルを育てられ、かつ彼(彼女)らから信頼を得られるようなトレーナー、コーチが登場するには、少なくともあと10年はかかるのでは、という気がする。なぜなら日本のクライミング界では、より登れる人の発言が常に影響力をもっていて、そういった登れる人の多くが、システマティックなトレーニングや指導を受けた経験がないから。クライミングをやっている人の多くが、クライミングとコンペ、トレーニングについて割り切って考えられていないからだ。

 

「Rock&Snow No.39」2008年 山と渓谷社

2008年のロクスノの記事では、オーストリアで行われているトレーニングについて、「クライミングとトレーニングは別物」という刺激的な考え方が提示されましたが、具体的な方法論はごく概略が示されたのみで消化不良な内容でした。本書は、小日向さんの予測からまさに10年余を経て、信頼されるトレーナー・コーチとして日本のクライミング界に体系的なトレーニング理論を定着させた木村さんが、クライミングレーニングの具体的な方法論を包括的に可視化した回答書と言えます。

道具の選び方であったり、ムーブ・ホールディングの種類など、これからライミングを始める方向けの基本的な内容は対象外です。全くの初心者が読むことは想定していないと思いますが、クライミングに熱中するようになると、より強くなるために必ずトレーニングを行うようになります。普通に登るだけでもトレーニングになりますが、限りある時間を有効に使い、効率的に最速で強くなるためには、現時点でのトレーニングのベストプラクティスは知っておくべきです。そのため、本気でクライミングが強くなりたいと考えている人は、迷わず買って損はない書籍です。

クライマーズバイブルとの差異

本書の目次は以下の通りです。

1章 クライミング上達のために
2章 トレーニングとは
3章 エネルギーと代謝
4章 トレーニング計画
5章 各期のトレーニング内容
6章 競技中の戦略
7章 フィジカルトレーニン
8章 メンタルトレーニン
9章 指導方法

 本書のように、クライミングのトレーニングについて包括的に取り上げている書籍はいくつかあります。古くは、「フリークライミング上達法」や「パフォーマンス・ロック・クライミング」がその代表でした。その後、2005年に発刊された「ヤマケイテクニカルブック登山技術全書 フリークライミング」において、30ページ程ではありますが、更に実用的なトレーニング論がまとめられました。そして現時点において日本語で読める書籍では、PUMP climber's academyのクライマーズ・バイブルが、最も包括的かつ最新の書籍と言えるでしょう。

木村伸介さんはクライマーズ・バイブルにも携わっているので、3章〜6章、8章あたりは、ほぼ同一の内容を扱っています。クライマーズ・バイブルと比較して、本書独自の特徴は、以下3点です。

  1. 指導者の目線で書かれている
  2. 登ること以外の筋力トレーニングを扱っている
  3. コンペ対策を主軸としている

クライマーズ・バイブルを既に持っている人も、上記3点について更に見識を深めたいのであれば、本書も読んだ方がよいでしょう。

 指導者の目線で書かれている

本書は、単にトレーニングの方法論を羅列するのではなく、「人」を相手に「指導」する際に考慮が必要となる、モチベーションコントロールコーチングの手法を散りばめて記述されています。ピリオダイゼーション(期分けトレーニング)の項目では、選手のモチベーションを持続させるため、トレーニングにバリエーションをつける工夫を学ぶことができます。また指導方法に1章を割き(9章)、信頼関係の構築や傾聴の手法に加え、選手の家族との関係性にも言及しています。

レーニングのバリエーションなどは、指導者の立場でなくても、自身のクライミングレーニングにも応用ができる内容です。また、お子さんにクライミングをさせたいと考えている親御さんなどは、発育年齢を考慮したトレーニングプログラムの組み立て方なども学ぶことができます。思春期クライマーのトレーニングにおいては、指への過負荷による骨端線損傷の可能性など、指導する側が意識してトレーニング内容を制御してあげる必要がある考慮事項があるので、それらの理解にも役立ちます。

登ること以外の筋力トレーニングを扱っている

「クライマーズバイブル」は、”正しいフォームで登ることが、最適な筋力トレーニングとなる”という考え方に基づきまとめられているため、登ること以外の筋力トレーニングで弱点を補うことは、応用編としてほぼ割愛しています。本書では、その応用編となる「登ること以外の筋力トレーニング」も計画的に取り入れることを推奨し、メニューを紹介しています。

 コンペ対策を主軸としている

コンペティションライミングは、アウトドアのクライミングを起源としながらも、それ独自のルール体系や競技特性を発展させています。例えば時間制限はアウトドアのクライミングにはないですし、コーディネーション系のムーブが頻発するルートはセッターが存在するインドアのクライミングならではの要素と言えます。また、体操や陸上などの競技が練習した動きをそのまま本番で再現するのに対し、クライミングは試合ごとにセッターが用意した課題にその場で対応することになり、動き方のパターンも複雑になる事も触れられています。そのような競技としてのクライミングの特性を考慮したトレーニング方法を提示しています。

本書に記載されていないこと

栄養摂取の最適化

本書では、クライミングレーニングを最適化するための栄養摂取については、「3章 エネルギーと代謝」にて断片的に触れられているのみですので、他の文献等を参照する必要があります。トレーニング後のプロテイン・糖質摂取など、基本的な事柄が載っていると、クライマーのトレーニング指導という観点でより包括的な書籍になると思うので、改版などのタイミングで盛り込まれることを期待します。

 余談

 タイトルの由来(推測)

ライミングレーニングの黎明期に出版されたクラシックな書籍として、伝説的なクライマーであるヴォルフガング・ギュリッヒの著作「フリー・クライミング上達法」があります。「フリー・クライミング上達法」は、本書の冒頭(P.6)でも取り上げられており、”いかにクライミング技術を向上させ岩場でパフォーマンスを上げられるかが焦点”でした。

 

本書のタイトルには、「スポーツ・クライミング上達法」とあります。フリークライミングからスポーツクライミングへ分化して発展したクライミングの歴史とともに、進化してきたトレーニングの最新状況を包括的に取りまとめた書籍のタイトルとして、敢えてつけられたのかなと思いました(只の推測です)。

余談の余談ですが、ギュリッヒの「フリー・クライミング上達法」はレストポイントの事を”戦略的駐屯地”と表現するなど、時代を感じますね。

表紙のイラスト

ロクスノ読者ならお気づきでしょうが、表紙のイラストのうち上と真ん中の2つは、Rock&Snow NO.84内の記事「ランジを極める」の写真をイラスト化したものですね。右下のイラストは、誰かわかったら教えてください。

最大筋力と筋動員の関係性

本書では筋肥大、最大筋力、筋動員、パワー等の言葉が頻出しますが、最大筋力と筋動員の関係性が一部混同されて使われているように感じ、混乱します。

例えば、P.43で、最大筋力と筋動員の関係性について言及されており、「最大筋力を上げるには筋肉の量を増やすのではなく(中略)筋線維の動員率を上げるトレーニングをします」と書かれています。これは正しいと思いますが、同じページで「Bさんは筋肉量や最大筋力はAさんより劣りますが、筋動員率がAさんより高いのです。」と書かれていて、ぱっと見は真逆に近いことを言っています。実際には、前者の記述の通り、最大筋力を高める際にも、神経系のトレーニングを経て筋動員を高める必要があります。

上記はおそらく、最大筋力とパワーの関係性が不明瞭なまま説明されているのではないでしょうか。前回のブログクライミングの特殊性を考慮した懸垂のバリエーション - May the friction be with you!で触れましたが、パワー=ストレングス×スピードであり、ストレングスが最大筋力に概ね一致します。BさんはAさんより最大筋力が劣っていても、爆発的なパワー出力は優っている、ということはありそうです。この辺りは詳しい方に解説して欲しいところです。