【書籍紹介】Logical Progression
本書はクライミングトレーニングのピリオダイゼーションについて、実践的な手法を学ぶ本です。
書籍「パフォーマンスロッククライミング」で紹介されているような伝統的なピリオダイゼーション手法に対し、クライミングのスポーツ特性により適した方式にカスタマイズして解説しています。
著者の紹介
著者のSteve Bechtelはワイオミング州デンバーに拠点を置くストレングス&コンディショニングコーチです。フィットネス&クライミングジム(Elemental Performance + Fitness)を経営し、同時にClimb Strongというオンライントレーニングサービスを提供しています。また、開拓クライマーとしても、ローカルエリアのスポートクライミングルートに加え、ヨセミテやグリーンランドのビッグウォールにも初登の足跡を残しています。クライマーとしての経験と、コーチとしてのスキルを活かして、多くのトップクライマーを指導しています。
伝統的なピリオダイゼーションの手法
本書で紹介しているピリオダイゼーション手法を紹介する前に、まず伝統的なピリオダイゼーション手法をおさらいしておきます。
クライミングトレーニングのピリオダイゼーションとは、最もパフォーマンスを発揮したい時期をゴールとして定め、ゴールの時期にパフォーマンスのピークを迎えるようにするスケジューリング手法です。現在からゴールまでの期間をいくつかに分割し、各期間毎に集中的に鍛える個別能力を割り当てて、ゴールの時期に総合的なパフォーマンスレベルを最大化します。
古くは名著「パフォーマンスロック・クライミング」で紹介されたのが、おそらく最初期のピリオダイゼーションの例だと思います。基礎局面、ピーク準備局面、ピーク局面、回復局面の4つに期分けし、ピーク局面に向けてトレーニング内容を変化させていきます。
Training for climbingやクライマーズ・バイブルでは、より具体的なトレーニング期間を定めた4-3-2-1サイクルを紹介しています。このサイクルでは、10週間のトレーニング期間を4週、3週、2週、1週の4フェーズに分割します。
パフォーマンスロック・クライミングで基礎局面にある筋肥大化トレーニングが、4-3-2-1サイクルではフェーズ2にずれ込んでいますが、それ以外に考え方に大きな変化はありません。
伝統的なピリオダイゼーション手法のデメリット
Steveは、クライミングのスポーツ特性に照らして、伝統的なピリオダイゼーション手法の欠点をいくつか挙げていますが、最も重要なものとして以下を強調しています。
- クライミングのフィジカル能力は、筋力、パワー、持久力、全てが高いレベルで求められるのに対し、ある一つのフィジカル能力に注力する期間が長過ぎる
例えば4-3-2-1サイクルでは、フェーズ1では瞬発系、持久系トレーニングに割く時間がありません。ピリオダイゼーションはピークのタイミングで総合的なパフォーマンスを最大化する手法なので、トレーニングを行っていない領域が一時的に衰えるのは折り込み済ではあります。しかし、総合的な能力が求められるクライミングというスポーツの特性上、ある領域のトレーニングを行わない期間が長くなると、その能力の低下に引きずられて全体のパフォーマンスも大きく低下することを問題視しています。
本書が推奨する実践的なピリオダイゼーション
本書では、様々なスポーツの現場で実践されているピリオダイゼーションの方法から、クライミング向けにアレンジした実践的なピリオダイゼーション手法を紹介しています。
伝統的なピリオダイゼーション手法の欠点を補うため、特定のフィジカル能力だけに注力する期間を短くすることが考慮されています。それに加えて、できるだけ仕組みがシンプルで、柔軟性に計画を組み替えやすくするようになっています。どんなによく練られた計画も、実行できなければ絵に描いた餅ですので、最後までやり切れるように配慮しているとのことです。
本書では、大きく2つの手法を紹介しています。1の方がシンプルで、それでは効果が出なくなってきたら2に進みます。
- Nonlinear Periodization
- Block Programming
Nonlinear Periodization
Nonlinear Periodizationは、1日毎にトレーニングのターゲットをストレングス、パワー、持久力と変えていき、それを繰り返す手法です。
Training for climbingやクライマーズ・バイブルではDUPサイクルという名前で、現状の能力を維持するための手法として紹介されています。しかし本書では、多くのクライマーがこの手法で十分にプラトー(停滞)に陥らずにクライミング能力を向上できるとしています。
スケジュールの組み立ては、一つの能力に偏るようなことがない限り、柔軟に組み立てて大丈夫です。例えば、トレーニングは週2日、岩場でのクライミングは週2日という人であれば、1週目はストレングスとパワーとエンデュランス、2週目はストレングスとパワー、3週目はエンデュランスとストレングス、といった感じです。
Block Programming
Nonlinear Periodizationでも効果が出にくくなってきたら、複雑なBlock Programmingに進みます。伝統的なピリオダイゼーション手法にイメージが近く、特定の強化分野を定めた4週間のトレーニングブロックを、強化分野を変えながら繰り返していく方式です。
伝統的なピリオダイゼーション手法との差分は、大きく以下の2点です。
- メンテナンスセッションの設定
- 一般フェーズとクライミング特化フェーズの分離
メンテナンスセッションの設定
これは、特定のフィジカル能力をトレーニングする期間において、その他のフィジカル能力についても実力を落とさないレベルのトレーニングを行う日を設けるものです。例えば、 筋力(ストレングス)を強化するブロックにおいては、筋力強化をターゲットとしたトレーニング日が2回続いたら、1回メンテナンストレーニングを行う日を設け、パワーと持久力を鍛えます。
メンテナンスセッションは以下2つの原則を意識し、あくまで維持を目的としてやり過ぎないように注意します。
- 負荷は強めに(強化を目的としているときの75%~95%)
- トレーニング量は少なめに(強化を目的としている時と比べて1/2~1/3程度)
一般フェーズとクライミング特化フェーズの分離
これは読んでもいまいち腹落ちしきらなかったのですが、紹介しておきます。ストレングス、パワー、エンデュランスのそれぞれのフェーズにおいて、クライミングに特化したトレーニングブロックの前に、より一般的な動作を鍛えるブロックを設けることを、本書では推奨しています。
クライミング特化フェーズは、実際のクライミングによるトレーニングを中心にして、ウェイトトレーニングを行う際もクライミングの動きの特殊性に沿ったメニューを中心に組み立てます。一方、一般フェーズでは基礎体力をつけることを目的に、デッドリフト、スクワット、体幹ワークアウトなどの基本的なウェイトトレーニングメニューを中心に組み立てます。
本書では「一般フェーズは刀を作り、クライミング特化フェーズは刀を研磨する」と喩えています。ベースとなる形づくりにおいては、適切なボリュームで強化に必要な負荷をかける必要があります。クライミング特化のトレーニングだけでは、スキル不足であったり体の一部における筋力不足(例:指の保持力)に引きずられて、十分な負荷がかけられないため、順序としてはまず一般フェーズで基礎を作る、という考え方のようです。
その他の内容
本書では、ここまで紹介してきたピリオダイゼーション手法について、それぞれをしっかり掘り下げて解説しています。
- 具体的なスケジューリングの例
- トレーニングメニュー
- 実力値の査定方法(アセスメント)
クライミング自体の解説書ではないので、中級者のレベルになって上達の伸び悩みを感じたら、トレーニング方法を見直すヒントに見てみるとよい書籍だと思います。
個人的な感想
今まで、トレーニングの負荷量を徐々に増やしていけばプラトーには陥らない、と漠然と考えていたところがありました。本書を読んで、自身のトレーニングを振り返ってみると、以下の点は見直した方がよいのではと考えています。
- 筋力、パワー、持久力を満遍なく鍛える
自身がやりがちなトレーニングは、ジムに行って1~2時間打ち込んで登れるか登れないかの強傾斜ボルダー課題を何課題かトライする、というものです。これは、概ね、パワーのトレーニングに偏っているように感じます。持久力のトレーニングになっていないのは勿論ですが、筋力という意味でも不十分かなと。
筋力の強化は、最大筋力の80%以上の負荷で低回数のワークアウトを行うことで達成されます。クライミングの動作において、最大筋力の80%以上に到達するような部位は、ほぼ、指の保持に係る前腕の筋肉だけだと思います。クライミングを通して前腕の最大筋力を鍛えるのであれば、小さめのホールドが続く数手のボルダー課題で鍛えるべきですが、普段選ぶ課題は殆どはそうなっていません。バランス、コーディネーション、スピード要素(コンタクトストレングス、パワーによる距離出し)などが難しさの源泉となっているものが多いです。つまり、単に限界グレードの課題を登るだけでは、効率的に最大筋力を強化できないのではないかということです。
いったん現時点の結論としては、ありきたりですが、鍛えたい領域に適した課題を選ぶようにする、となります。漫然としたトレーニングにならないよう、その日のテーマを定めて臨むのがスタート地点かもしれません。
参考書籍
Training for Climbing: The Definitive Guide to Improving Your Performance (How to Climb)
- 作者:Horst, Eric J.
- 発売日: 2016/07/15
- メディア: ペーパーバック