エネルギーシステムトレーニング(乳酸性機構Vol.3)

前回までに乳酸性機構のエネルギー出力の仕組みとクライミングレーニングを確認してきました。今回は、乳酸性機構によるエネルギー出力を長持ちさせるサプリメントであるベータアラニについて紹介します。

ベータアラニンが日本のクライミングシーンで市民権を得たのは、ご多分に漏れず、故新井祐己さんのRock&Snow連載「ハードコア人体実験室」でした。連載での紹介から10余年を経ても、概ね大きなアップデートはなく、連載を読んでいた方にはほぼおさらいになります(研究の最新状況について、少しだけアップデートあり)。

水素イオンによる酸性化を防ぐ仕組み(細胞内バッファリング)

前々回の記事で、以下の2点を確認しました。

  • 高強度の運動を継続すると筋細胞内が水素イオンの蓄積により酸性化して乳酸性機構のエネルギー生産が抑制される
  • LDHA・MCTの働きにより水素イオンを除去することで、筋細胞内が酸性に傾くことを遅らせて、できるだけ乳酸性機構によるエネルギー生産を継続させることができる

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乳酸性機構の生化学反応全体像


実は、上記の図には割愛してますが、水素イオンの蓄積に抵抗して筋細胞内の酸性化を防ぐ仕組みはもう一つあります。それは細胞内バッファリングと呼ばれるものです。

筋細胞内にはカルノシンという物質が存在しています。カルノシンの作用として、pHの緩衝作用があります。緩衝作用とはざっくり言うと、pHを変化させる物質が増えたときに、その物質を吸収してpHの変化を抑制するような作用です。高強度の運動が継続し乳酸性機構が動き始めると水素イオンが発生しますが、カルノシンの緩衝作用により一定量までは水素イオンが増えてもpHが変化せず(酸性に傾かず)、これを細胞内バッファリングと言います。

筋細胞内のカルノシン量が多いほど、緩衝作用が長持ちして、筋細胞内が酸性に傾くのを防ぐことができ、乳酸性機構によるエネルギー生産を継続できます。

サプリメント(ベータアラニン)によるカルノシン量の増量

カルノシン量はトレーニングでも若干増やすことが可能ですが、手っ取り早い方法としてはサプリメント摂取で増やすことができます。カルノシン自体もサプリメントとして販売されているのですが、カルノシンは摂取すると体内でベータアラニンとヒスチジンという物質に分解されてからカルノシンに再合成されるので、ベータアラニンとヒスチジンを摂取した方が効率的です。さらに、ヒスチジンは体内に十分な量がありますので、ベータアラニンのみを摂取すれば必要十分です。

1回2グラム以下で、1日に2~3回摂取、合計4~6グラム/日を摂取することが、国際スポーツ栄養学会(ISSN)の推奨する摂取量です。トレーニング強度を上げるためにトレーニング前に摂取するプレワークアウトドリンクに良く配合されているのですが、飲んだらすぐに効果があるものではありません。摂取を継続(ローディング)すると、4週間以上で40%‐60%カルノシン量が増加すると言われていますので、ワークアウトの前に飲むよりは、毎食後とか食間などで毎日飲む習慣をつけた方がよいでしょう。

副作用

ベータアラニンは比較的安全なサプリメントとされています。16週間程度の長期間継続摂取で健康影響が見られなかった報告[1]もあり、人体に有害な副作用は殆ど報告されていません

知覚異常

有害ではありませんが、副作用として有名なのはベータアラニンフラッシュという知覚異常です。ベータアラニンを摂取すると、10分程度で手などの皮膚からピリピリした感覚が発生します。ほどなく収まりますし、健康に影響はないと言われていますが、気になる人は一回の摂取量を0.8g以下にすることでピリピリ感をやわらげることができるようです。管理人は長く飲み続けていて、ピリピリ感には慣れて気にならなくなりました。

タウリン吸収を阻害する可能性

こちらはRock&Snow No.39「ハードコア人体実験室」の最終回で一言だけ言及のあった件です。タウリンは、各種栄養ドリンクに配合されていることでなじみ深い成分ですが、運動中の筋肉疲労を減少する効果が期待でき、プレワークアウトドリンクにもよく配合されています。

ベータアラニンとタウリンは、筋細胞内に取り込むトランスポーターが同一であり、同時に摂取すると片方がもう一方の吸収を阻害する可能性があるというものです。

こちらについては、長期的にはあまり影響なさそうという論文が発表されてたりします[2]。25人の健康な男子が24週間ベータアラニンを継続摂取させても、体内タウリン量は大きな影響を受けなかったというものです。タウリンをプレワークアウトドリンクなどで摂取している人は、気になるようであればベータアラニン摂取は別タイミングにするなどすればよいでしょう。

まとめ

  • カルノシンは筋細胞内の酸性化を防ぐ細胞内バッファリンングの効果を発揮する
  • カルノシン量が増えると乳酸性機構によるエネルギー生産を長続きさせる効果がある 
  • カルノシン量の増加にはベータアラニンを4週間以上1日4~6グラム摂取するのが効果的
  • ベータアラニンは、健康に害があったりトレーニング効果に悪影響を及ぼす副作用はほぼ無い

ベータアラニンは副作用が少なく、持久力を高めることのできるサプリメントになります。摂取をやめればカルノシン量も元に戻ると言われていますので、サプリメント使用に対する抵抗感が無ければ、試しに使用してみてはいかがでしょうか。

終わりに

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。

 

[1] Nutritional Strategies to Modulate Intracellular and Extracellular Buffering Capacity During High-Intensity Exercise

[2] 24-Week β-alanine ingestion does not affect muscle taurine or clinical blood parameters in healthy males | SpringerLink