ピンチ力をトレーニングする際のホールドは適度なフリクションが必要

今回は、ピンチする力をトレーニングする際に感じている問題点を紹介します。悩みのポイントは以下です。

  • ピンチトレーニングに使用するピンチブロックは、できるだけフリクションのあるホールドを使用した方が、トレーニング負荷条件を安定させられるのではないか

もし同じ悩みを持ち、良い方法をご存じの方がいたら、是非教えてください。

また文中の力学モデルなどは、あまり自信がないので、誤りはご指摘お願いします。

ピンチトレーニングは環境条件の影響を受けやすい

ピンチは親指とその他の指で挟むように持つホールディングで、トレーニングする方法としては、以下の記事で紹介しました。ピンチできる大きさのホールドに重りをぶら下げて、ホールドをピンチで保持するという、単純な方法です。

 

takato77.hatenablog.com

 

レーニング目的だと、指皮を消耗しないように、フリクションが少ない木製のホールドを使用する事が多いです。しかしトレーニングの効率性という観点だと、このフリクションの少なさにはデメリットがあります。それは、湿度などの環境条件に影響を受けやすいということです。

同じ重さの重りをぶら下げていても、湿度の高い日は持てるのに、乾燥した日は全く持てないなんてことはザラです。手の平のコンディションの影響も受けるので、ひどい時には、数分経っただけで、持てていた重量が持てなくなることもあります。

レーニングにおいては、体にかかる負荷を少しずつ増やしていくことで体力を向上させていくという「漸進性過負荷の原則」があります。重りの重量を変化させることは、負荷を少しずつ増やすのに適した手段です。しかし、湿度などの別要因に影響を大きく受けてしまうと、適切な過負荷をかけることが難しくなります

ピンチは摩擦力に依存したホールディング

ピンチトレーニングが環境の影響を受けやすい理由は、摩擦力に大きく頼った持ち方だからです。少し長くなりますが、順に追って説明します。

例として、ハーフクリンプとピンチそれぞれの持ち方で、重りをぶら下げて保持することを考えてみます。

ハーフクリンプの場合、指の第二関節を直角に曲げて、ホールドに対して力をかけています。力の向きは真上方向で、重りにより発生する重力の向きと平行です。そのため摩擦力の影響はあまりありません。

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一方、ピンチホールドは、ホールドを左右から挟むように力を入れます。実際に鍛えたいのはこの挟み込みの力です。しかしこの挟み込みの力は、重りにより発生する重力の向きと直交しており、直接的には重りの重力を支えていません。直接的に重りの重力を支えているのは、指とホールドの間に発生する摩擦力です。この摩擦力により、指からホールドが滑り出さないようになっています。

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摩擦力の大きさを決める要素

摩擦力の大きさに影響を与えるのは、大きくは以下の2点です。

  1. 指で挟み込む力の大きさ
  2. 指とホールドの間の滑りやすさ(静止摩擦係数)

1は単純な話で、「強く握ればホールドは滑りにくい」ということです。2は少し複雑で、ホールドの材質、表面粗さに加え、湿度など条件によって、滑りやすさが変化します。

指からホールドが滑り出さずにとどまっていられる限界の摩擦力を最大静止摩擦力といいます。最大静止摩擦力は以下のとおり表されます。

 

 最大静止摩擦力 = 指で挟みこむ力 × 静止摩擦係数

 

指で挟み込む力の大きさは、重りによる重力の大きさとイコールではない

ピンチトレーニングにおいて鍛えたい力は、ホールドを指で挟みこむ力です。漸進性過負荷の原則に従って、重りの量で負荷の調節を行い、徐々に発揮できる力が大きくなるように鍛えていきます。しかし、ここで一点注意が必要なことがあります。それは、挟み込むのに必要となる力は、重りによって発生する重力の大きさとかけ離れた値になるということです。

例えば、20kgの重りをぶら下げたホールドをハーフクリンプで保持した場合、摩擦力はほぼ無視して、20㎏重の力で保持する必要があります。重りによって発生する重力とイコールです。

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これがピンチになると、挟み込むのに必要となる力は、条件次第で30kg重を超えることがあります

木材と指の間の静止摩擦係数は、あまりよい資料が見つかりませんでしたが、以下の記事を参考にすると0.3~0.5くらいです。

https://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/kanko/231-1.pdf

仮に0.3を採用した場合の挟み込みの力はどのくらいになるでしょうか。20kgの重りをぶら下げた場合、親指側とその他の指でそれぞれ10kgの摩擦力で支えるとします。

 

最大静止摩擦力[N] = 指で挟み込む力 × 0.3

 

となるので、左右からそれぞれ、10㎏重÷0.3=34kg重の力で挟み込んでいることなります。

 

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静止摩擦係数の変化に伴い、指で挟み込む力の大きさが変化する

挟み込むのに必要な力の大きさが、重りによる重力の大きさとイコールではないこと自体は、トレーニングの観点ではそれほど問題ではありません。重りを増やせば、挟み込むのに必要な力も大きくなり、過負荷をかけることはできるからです。

問題は、同じ重さの重りを使用しても、湿度などの影響で静止摩擦係数が変化してしまうと、挟み込むのに必要な力も変化してしまうことです。

ある日、20㎏の重りをぶら下げてトレーニングをしたとします。その際、仮に静止摩擦係数が0.3だったとすると、34㎏重の力で挟み込むことになります。

ところが、次のトレーニング日に少し湿気があり、静止摩擦係数が0.4であったとします。すると、同じ20㎏の重りをぶら下げてトレーニングしたとしても、挟み込むのに必要な力は 10㎏重 ÷ 0.4 ≒ 25㎏重 にしかなりません。筋肉が発揮できる限界に近い負荷をかけて最大筋力を向上させることをトレーニングの目的とすると、不十分な負荷しかかけられていないことになります

 

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解決策の案

先に挙げた「漸進性過負荷の原則」に沿うように、意図した通りの負荷をかけるためにはどうしたらよいでしょうか。思いつく案としては、以下2案が考えられます。 

案1.静止摩擦係数の変化をできるだけ抑える

案2.できるだけフリクションの大きいホールドを使用する

案1.静止摩擦係数の変化をできるだけ抑える

問題は静止摩擦係数が湿度等で変化してしまうことです。そのため、静止摩擦係数の変化を少なくすることで、負荷を安定させる案です。オーソドックスな対策ですが、品質のよいチョークを使用するということになるでしょう。最新のフリーファン(83号)の特集「チョークとクライミング」でも、「チョークの最大の役割は水分量をコントロールすること」との解説がありました。
しかしながら、チョークによるフリクションの安定化には限界があり、多少の静止摩擦係数の変化は防げません。そのため、何か別の対策も考えたいところです。

案2.できるだけフリクションの大きいホールドを使用する

個人的には、こちらの方が手軽でやりやすいと考えています。これは静止摩擦係数が多少変化してしまうのはしょうがないと受け入れつつ、挟み込みに必要な力の量があまり変化しないようにする方法です。これは、静止摩擦係数が大きいと、多少の数値が変化しても負荷への影響が小さくなるためです。

 

静止摩擦係数を変化させながら、挟み込みに必要となる力がどのように変わるのかを比べると、以下の表のようになります。

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静止摩擦係数の変化量が同じ0.1であっても、1→1.1では1㎏重弱しか変化しません。0.3→0.4における9㎏重の差とは大分違います。

以上から、静止摩擦係数が大きい、つまりできるだけできるだけフリクションの大きいホールドを使用すれば、多少環境条件が変化しても、負荷の変化が少なくなります。結果として、安定して漸進性過負荷の原則に沿った負荷を設定しやすくなります。

フリクションを大きくする方法

フリクションを大きくするには、単純ですが表面を粗く加工すればよいです。市販のピンチブロックは木製のものが多いので、加工は比較的容易でしょう。

試しに使用している自作のピンチブロックを加工してみました。元々、細かめの番手のサンドペーパーで滑らかに整えていたところ、カッターで平行に何本も傷を入れました。これだけですが、だいぶフリクションが上がり、湿度の影響を受けることが減った気がします。

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他には、材質自体を変えてしまうのもよさそうです。ゴムなどは静止摩擦係数が1を超えることもあるので、表面にゴムを貼ってしまうのもいいかもしれません。

まとめ

  • ピンチ力をトレーニングする際の負荷は、重りの重量に加えて、湿度等の環境条件による影響を大きく受ける
  • レーニング目的に沿った負荷を安定して再現するため、ピンチトレーニングに使用するホールドのフリクションは大きいことが望ましい

指皮への影響は多少ありそうですが、トレーニングを目的とするならば、安定した負荷の再現を優先した方がよいのではないかという仮説となります。当面、加工したピンチブロックでトレーニングを続けてみて、湿度等の影響を減らせているか確認してみるつもりです。

参考

ピンチブロックでのトレーニングはフリクションの影響が大きい事について、Redditでの議論。ここでは、ピンチブロックでのトレーニングでなかなか重量を増やせないのは、静止摩擦係数が小さ過ぎるからではないか、という仮説について議論しています。

Thoughts on pinch training : climbharder