加重クライミングは適切なトレーニングか

ライミングレーニングにおいて、重りを背負うなどして体重を重くした状態でクライミングをする「加重クライミング」というトレーニングがあります。

最近いくつかの文献を読んだり、クライミング関連のWebページを眺めている中で、「加重クライミング」は、必ずしも最適なトレーニング方法ではないと感じるようになりました。その理由を紹介します。

加重クライミングとは

加重クライミングは、ダンベルなどの重りをリュックに詰めて背負ったり、ウェイトベストを装着するなどして、実際のクライミングを行うことを指します。比較的ポピュラーなトレーニング方法として、過去にいくつかの書籍で紹介されています。

的確に負荷を高め、しかも調整を微細に行なう方法が加重トレーニングである。重りを入れたザックを背負うか、スキューバダイビング用の重りを腰につけることで、クライミング中の負荷を高め、難易度の調整を行なうことができる。

 

出典:「ヤマケイ・テクニカルブック 登山技術全書⑦フリークライミング」 山と渓谷社

 

ホールドタイプ別サーキットトレーニン

8手から12手以内の各種タイプの課題を用意します。

カチ、ピンチ、スローパー、ポケットなど、同じタイプのホールドを一周12手以内でぐるりと周れるように設定します。

(中略)

徐々にウェイトを増やしながら行います。ウェイトが少しずつ増やせるジャケットタイプは、動きの邪魔にならないので、トレーニングが行ないやすいでしょう。ワールドカップレベルの選手であれば、最大15kgほどまでを目標にします。

 

出典:木村伸介 著「コンペで勝つ!スポーツクライミング上達法」山と渓谷社

 

上記以前にもクライマーにはよく知られたトレーニング方法で、古くは、「千葉の怪人」と異名をとった島田貞夫さんによる、1980年代後半~1990年代前半のエピソードが有名で、OLD BUT GOLDで紹介されています。

 

50㎏のザックを背負ってフィンガーエッジの課題をこなし、70㎏(!)のザックを背負って指懸垂、長モノの課題は1000手、懸垂1000回(しかも仕事中に?)。

 

出典:杉野保 著「OLD BUT GOLD オールド・バット・ゴールド」山と渓谷社刊 より抜粋

 

ライミングジムにウェイトを持参するのが大変だからなのか、実際に見かけることは少ないですよね。しかし、真剣に強くなりたいと考えているクライマーの中では、トライしたことがある人もいるんじゃないでしょうか。

加重クライミングを行う目的

加重クライミングを行う目的は、やはりクライミングに必要な筋力を鍛える事でしょう。しかし、筋力を鍛える方法は他にもあります。例えばフィンガーボードにぶら下がって保持力を鍛えたり、懸垂を行って引き付ける力を鍛える、などです。それらの方法に比べて、加重クライミングが優れている(と思われている)理由はなんでしょうか。それには、トレーニングの基本原則である「漸進性過負荷の原則」「特異性の原則」が関係しています。

漸進性過負荷の原則

漸進性過負荷の原則は、「漸進性」と「過負荷」の2つに分けて考えられます。「過負荷」は、トレーニングにより体力を向上させるには、体が慣れている負荷を超える負荷をかける必要がある、ということです。そして「漸進性」は、かつて過負荷だった負荷もトレーニングを続けるにしたがって再び体が慣れてくるので、継続して体力を向上させるためには、少しづつ負荷を重くしていく必要がある、ということです。

加重クライミングは、通常のクライミングに比べて、漸進性過負荷の原則が適用しやすい、といったメリットが考えられます。

通常のクライミングにおいて、体にかかる負荷の目安になりそうな数値は、課題のグレードくらいです。しかし、クライミングのグレードには、設定者の体格や実力の違い、岩場/ジムの違い、傾斜やホールドの違いなどの要素があります。そのため、実際に体にかかる負荷調整に使用するには、ぶれ幅が大き過ぎて使いづらいです。

一方、加重クライミングは、同じ課題に対して、背負うウェイトの重さを変えることで負荷を変化させます。負荷のパラメーターが「ウェイトの重さ」という明確な数字一つなので、漸進的な過負荷となるように負荷を調整しやすいメリットがある、と捉えられます。

特異性の原則

特異性の原則は、端的に言うと、「レーニングを行ったら、そのトレーニングのやり方や負荷に応じた適応が起こる」ということです。何に応じるのかと言えば、いろいろなものに応じます。持久的なトレーニングを行えば持久力があがる、最大負荷に近いウェイトでトレーニングすれば最大筋力があがる、など。それに加えて、体の部位や動きにも応じます。例えば懸垂トレーニングを行ったら、上半身の引きつけ力は向上する一方、スクワットを行う力は変化しないですね。

ライミングのトレーニングにおいて、特異性の原則は、クライミング動作自体を行うことが最も適した体力トレーニングである、といった文脈で紹介されることが多いです。例えば、クライマーズコンディショニングブックではこんな感じです。

■特異性の原則

 

その動きのためのトレーニングには、その動きのを想定して行なわなければならない。(中略)複雑な動きの諸スポーツでは、平面的なダンベルの上げ下げなどは、運動効果としてはやはり限界があると言えるだろう。

 

出典:菊地敏之 著「クライマーズコンディションニングブック」山と渓谷社

著者がここで言及している「平面的なダンベルの上げ下げ」は、どのような運動までを含むと想定しているかわかりませんが、一般的なフリーウェイトを用いたウェイトトレーニングは入るでしょう。懸垂やハングボードも入るかもしれません。

加重クライミングがトレーニング方法として優れていると捉えられている理由

まとめると、加重クライミングは、以下2点により優れたトレーニングと捉えられている状況です。

加えて、トレーニングして強くなりたいけど、ウェイトトレーニングなどに時間を割くくらいなら、できるだけクライミングをしていたい、という理由もあるでしょう。ウェイトレーニングは地味で単調ですからね。

加重クライミングのデメリット 

ここまで、加重クライミングから得られる(と思われる)効果について見てきました。これらは体力向上を期待したトレーニング効果です。しかし、スキル向上という観点では、デメリットがあります。それは端的に言うと「よくない動きのクセがつく」という事です。

ライミングは、指の保持力を筆頭とした体力も大事ですが、スキルも同じくらい大事なスポーツです。そしてスキルは、動作の反復練習によって習得しますが、誤った動作を反復すれば誤った動作を習得してしまうという点に注意する必要があります。

加重クライミングは、動作の反復練習にどのような悪影響を与えるのでしょうか。例を2つ挙げてみます。

雑なムーブで反復練習をしてしまう

加重なしならオンサイトできるグレードの課題であっても、10キロ程度のザックを背負って登ったら、限界ぎりぎりのクライミングになるでしょう。ばたばたした足使いで姿勢も崩れてしまうかもしれません。そのようなクライミングを反復することにより、雑なムーブの癖がついてしまいます。

【参考】https://youtube.com/watch?v=W3cX6jKsbGA

本来のクライミングと異なる重心で反復練習してしまう

10キロ程度のザックを背負うということは、普段のクライミングに比べて上半身背中側に重心が偏ることになります。体は、そのような偏った重心で動作をコントロールすることに慣れてしまい、加重なしで登るときの感覚に悪影響を及ぼします。

【参考】https://www.mountainproject.com/forum/topic/106666269/climbing-with-weights

 

誤った競技特異的トレーニン

ライミング以外の競技においても、加重クライミングと類似した事例が、書籍「競技力向上のためのウェイトトレーニング」にて紹介されています。例えば、以下のようなものです。

  • 重いボールを使用して野球の練習を行う
  • ダンベルを握ってボクシングのパンチ動作を練習する

これらのトレーニングを、著者の河森さんは「誤った競技特異的トレーニン」と呼び、「トレーニングのやり方を実際の競技の動きに近づけようとするアプローチ全般を指」すと定義しています。そして、そのデメリットを以下の5点に分類して体系的に説明し、原則として行うべきではないものとしています。

  1. 非論理的で科学的根拠に乏しい
  2. そもそもそれほど似ていない
  3. 技術への悪影響
  4. ケガのリスクが高い
  5. 漸進性過負荷の原則を適用できない=体力向上効果が低い

2、3あたりが、加重クライミングで挙げた例と近いものになります。詳細は是非、実際に「競技力向上のためのウェイトトレーニング」を読んでみてもらえればと思います。以下のブログ記事でも紹介させていただきました。


takato77.hatenablog.com

 

この「誤った競技特異的トレーニング」に対する警鐘は、以下の記事でSteve Bechtelも指摘しています。

"特異性の原則は、しばしば、「動きの模倣」という形で過剰に簡素化されてしまう。「動きの模倣」は「運動学習」を損なうリスクがあり、競技者に誤った動きのパターンを刷り込んでしまう。"

Steve Bechtelも河森さんと同じくストレングス&コンディショニングコーチです。ストレングストレーニングを理解している人には基本的な事実なのかもしれません。

 

www.climbstrong.com

 

まとめ

加重クライミングは以下2点において、良くないクライミング動作を習得してしまうリスクがあります。

  • 加重によりクライミング動作が雑になった状態で反復練習することになる
  • 本来のクライミングと異なる重心に最適化した力の入れ方で反復練習することになる

ライミングをしている時は、動きの一つ一つが癖になっていく事を忘れず、よい動きとなるように心がけることが必要ですね。

おわりに 

ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。

参考書籍

 

競技力向上のためのウエイトトレーニングの考え方

競技力向上のためのウエイトトレーニングの考え方

  • 作者:河森 直紀
  • 発売日: 2020/09/10
  • メディア: 単行本
 

 

 

 

 

コンペで勝つ!  スポーツクライミング上達法

コンペで勝つ! スポーツクライミング上達法

  • 作者:木村 伸介
  • 発売日: 2020/03/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

OLD BUT GOLD オールド・バット・ゴールド

OLD BUT GOLD オールド・バット・ゴールド

  • 作者:杉野 保
  • 発売日: 2020/12/09
  • メディア: 単行本