英語圏クライミング情報をザッピングしながら英語学習している話し
本ブログでは、主に英語圏のクライミングトレーニング情報を中心に噛み砕いて共有するスタイルをとっており、情報源は管理人が趣味でザッピングしているyoutubeチャンネル、podcast、ブログ、それらの引用元の論文です。
英語圏のクライミング情報は10年くらい前からときどき見てはいましたが、日常的にチェックし始めたのはここ1〜2年になります。その目的というかきっかけは、9割は英語の勉強がしたいということでした(今でも5割くらいはそれが目的です)。
特に体系的に学習しているわけではありませんが、実感として相当英語に触れる時間を増やすことができましたので、どんな事を行っているか参考にご紹介します。
英語習得に必要な時間の目安
まず日本人が英語を取得するために必要と言われる学習時間を確認します。諸説あると思いますが、管理人が目安にしているのはこちらのサイトに記載されている1000時間程度というものです。
アメリカ国務省付属機関FSIの調査では英語話者が日本語を習得するために必要な時間は2200時間と報告されており、学校教育による英語学習時間1200時間に加えて、更に1000時間程度必要ということになります。
1000時間というと、1日30分学習するとして、1日も休まず継続しても5年以上はかかる計算ですから、達成のためには相当うまくルーチンワークとして習慣づけることが必要です。
習慣づけのために考慮したこと
継続のモチベーションを保つコツなんてものは、それだけで本が一冊書けるほどいろいろな工夫があると思いますが、管理人が考慮したのはただ一点、「自分にとって興味のある英語コンテンツが定常的に目に入るようにする」ことでした。といっても大したことはなくて、
- FacebookでClimbing Magazgne誌とRock&Ice誌をフォロー
- YoutubeでEpicTV、BMC、Lattice Trainingなどをチャンネル登録
- podcastでTrainingBeta、Powercompany Climbing、Training For Climbingなどを登録
これだけです。こうしておくと、1日に一つか二つは興味のあるコンテンツが引っかかるので、翌日に持ち越さないように、その日のうちに読むなる見るなり聴くなりしてしまう様にしています。
最もオススメのコンテンツ(trainingbeta podcast)
上にあげたコンテンツの中でも最もオススメなのは、trainingbetaのpodcastです。クライミングのトレーニングに係る課題を中心に、毎回ゲストのトレーナーやプロクライマーを迎えて収録されており、既に150回を越えた豊富なコンテンツ量を誇ります。
クライミングという、自分にとって間違いなく興味のあるトピックのリスニング教材が、無料でごろごろ転がっているのです。これを利用しない手はありません。trainingbetaのよいところは以下2点です。
スクリプトが公開されている
podcast公開直後は音声のみですが、過去のpodcastの多くはブログ形式でスクリプトが書き下してあります。聞き取れなかった箇所をテキストで確認することができますし、単純に読み物として読むことも可能です。
1回1時間程度の会話形式
youtubeのクライミング動画などでは、時々クライマーのモノローグはあっても、登りのシーンはほとんど喋っておらず、10分の動画で1分くらいしか英語が聞けなかったりします。このpodcastは1時間みっちり、ほぼ会話だけで構成されているため、冗長な時間が無く充実します。
管理人は、通勤時間の他、岩場の行き帰りの車中で聞いてます。1人でのドライブが多く、長閑な隙間時間でしたが、何度も聞いたpodcastをシャドーイングしながら走れば、あっという間に目的地です。
シャドーイングのやり方とは?コツをつかんでネイティブ並みの発音に シェーンのお役立ち情報|英会話教室・英会話スクール【シェーン英会話】
まとめ
まとめると、管理人が英語に触れる時間を増やすための工夫は以下3点です。
- Facebook、Youtube、podcastで、クライミング関係の英語チャンネルを多く登録して、更新がプッシュされるようにする
- プッシュされるコンテンツから、1日に1〜2個の興味あるコンテンツを選んで、その日のうちに消化する
- スクリプトがあるtrainingbetaのpodcastを利用して、岩場の行き帰りドライブでシャドーイングを行う
以前は日本語圏のクライミング情報をザッピングしまくっていて、なんとなくもう少し生産的な活動しないとなぁと罪悪感があったんですが、このやり方を始めてからは、同じようにクライミング情報を漁っていても、これは英語の勉強なんだと思うと罪悪感が少なくなるという副次効果もありました(笑)取り留めのないオチのない話ですが、それではまた。
クライミング後に長時間アイシングすることの弊害
前回は非ステロイド系抗炎症薬の常用によるリスクについて考察しました。今回は、同じく炎症を鎮める手段であるアイシングについても触れておきます。
野球でピッチャーが登板した後に肩をアイシングするのと同様に、クライミング後に指をアイシングする事が流行ったことがありました。最近はどれくらい行われているのかわかりませんが、管理人の経験だと7〜8年前くらい前までは多くのジムで、冷凍庫にアイシング用の氷が準備されていました。しかし、怪我をしていない状態で炎症を鎮めることの悪影響は、今までもロクスノやクライマーズネットの記事で取り上げられており、余り見かけなくなった風景に感じます。今回はその追検証をしてみます(追検証なので、目新しい話はないです)。
なお、今回も怪我をした直後の急性期は対象外とします。飽くまで、クライミング後に定常的に、怪我予防や慢性痛の除去を目的として行うアイシングを対象として考察します。
炎症についての一般的な内容は前回の記事を参考にしてください。
- アイシングと炎症の関係
- アイシングのやり方
- クライミング後の長時間アイシングの弊害
- 長時間のアイシングに代えて行うこと(痛みがない場合)
- 長時間のアイシングに代えて行うこと(痛みがある場合)
- まとめ
- 終わりに
アイシングと炎症の関係
アイシングは氷や水などを用いて、身体の温度を局所的に下げます。それにより、
・血管の収縮
・代謝の抑制
・痛覚の麻痺
といった効果をもたらし、炎症の拡大を抑制します。
非ステロイド系抗炎症薬は、化学的にプロスタグランジンをブロックすることで炎症の拡大を抑制するものでしたが、アイシングは生理的活動の環境要因となる温度を下げることで炎症の拡大を抑制します。
作用の機序は異なりますが、炎症を鎮めるという効能は、非ステロイド系抗炎症薬もアイシングも同様になります。
アイシングのやり方
上記のような炎症の抑制を目的としたアイシングは、比較的長い時間しっかり冷やす必要があります。アイシングを行うと、時間が経つにつれて、以下の四段階で感覚が変化します。
- ジーンと痛みを感じる
- 暖かさを感じる
- ピリピリとした痺れ感を感じる
- 感覚がなくなる
4までいったら、それ以上続けると凍傷のリスクがあるので、そこで終了します。時間の目安としては15分から20分と言われますが、身体的な感覚で判断した方がよいでしょう。
クライミング後の長時間アイシングの弊害
おさらいとして、微細な炎症と休養は、腱組織の正常状態への回復に必要となります。また、過去記事の腱・靭帯を強くする栄養摂取(コラーゲンとビタミンC) - May the friction be with you!で触れた通り、腱組織も長い時間をかけてトレーニング刺激に適応して太く強くなっていく事がわかっています。クライミング後に定常的に長時間のアイシングを行うと、回復と適応に必要となる炎症を阻害してしまうと考えられます。
これらは、冒頭挙げたロクスノやクライマーズネットの記事で述べられている内容とほぼ同様です。
クライマーズネットの記事においては、
血行が悪くなるので闇雲なアイシングは逆効果の場合もあるのです。内出血も強い炎症も起きていなければ、温めて血行を促進したほうが良い結果が出ます。(中略)
登ったあとで指先に”強いほてり・腫れ・脈打ち感”があるときはアイシングしましょう。反対にそのような兆候が見られないのであれば、家に帰ってゆっくりお風呂に入って温めるといいです。
とあります。
また、Rock&Snow No.39の「新井祐己のハードコア人体実験室」では、登った後のアイシングの狙いは炎症抑制ではなく血行促進であるとし、以下のように述べられています。
冷やす目的は、冷やして炎症を抑えることじゃないですよねぇ。(中略)基本的には「冷やして収縮した血管が、アイシング後にリバウンドで拡張し、血流が促進されて疲労物質を拡散させる」ってのがキモのはず。すなわち、冷やしたあとに挙上したり冷温交換浴しなきゃもったいなくないですか?
それでは、クライミング後には長時間のアイシングに代えて何を行えばいいのでしょうか。痛みがない場合とある場合に分けて考えてみます。
長時間のアイシングに代えて行うこと(痛みがない場合)
血行を促進させる
血行を促進させることで老廃物の速やかに除去して代謝を良くし、組織の回復を促します。
温冷浴(コントラストバスセラピー)
上記のクライマーズネットとロクスノ両記事でおすすめされているのが温冷浴です。お湯で温めたのちに氷水で冷やす事を繰り返す事で、血管拡張と血管収縮を交互に発生させて、局所的に血行をよくする作用があります。
管理人も試したことがありますが、正直かなり面倒で、痛みがない状態でこれをルーティン化するのは、相当強い意志がいると思います。
加圧(BFR)による血行促進
アイシングしづらい岩場でも行える血行促進策として、加圧バンドを用いたやり方を紹介しています。加圧バンドを装着して行うトレーニング自体は過去記事のBFR(血流制限)トレーニングとクライミング - May the friction be with you!で書いたとおり、加圧バンドを上腕に装着してフィンガーカールなどのワークを行います。トレーニング目的では上肢が酸素欠乏の状態でワークを行うことがポイントです。一方血行促進を目的とする場合、加圧バンドで静脈流を圧迫して毛細血管にかけた圧を解放することによる血流増大がポイントとなります。そのため、手法としては加圧バンドを装着しますがワークは行いません。5分ほど安静にしたのち、バンドを解放します。
腱のストレッチ(デッドハング)
以上の血行促進を図っても、がっつり登った翌日には指がギシギシ軋むことも多いのではないでしょうか。腱組織は速いスピードで力を込めるような運動を行うと硬くなる性質があり、軋みの一因となっています。この軋みを和らげるために、クライミング後に30秒程度のオープンバンドでのデッドハングを数回行うと、腱組織がストレッチされて、翌朝の指の軋みがかなに穏やかになります。
このやり方は管理人は先月知ったばかりで、1ヶ月ど継続していますが、指の調子はかなり良いです。以下のブログ記事触れてますので参考までに。
長時間のアイシングに代えて行うこと(痛みがある場合)
パキリなどの急性な故障でも無く、慢性的な痛みがクライミング後にあるのならば、アイシングで痛みを散らすのでは無く、きちんとリハビリを行うべきでしょう。医療機関を受診するのが基本ですが、セルフで行えるプログラムを紹介した記事もあります。
ボリュームがある記事なので詳しくは別途としますが、端的に言うと、痛みが少し出る程度に負荷を調整したデッドハングを数日置きに行うことで、緩やかな炎症と回復による腱組織のリモデリングを行います。
(BlackDiamondの記事なので、そのうちロストアローのHPで翻訳が読めるかも?)
まとめ
- クライミング後に手指を定常的かつ長時間アイシングすることは、腱組織の回復や成長に必要な炎症を阻害する
- クライミング後は長時間アイシングに代わり、温冷浴や加圧ベルトにより血行を促進する事が望ましい
- デッドハングによる腱組織のストレッチでも、クライミング翌日の指の軋みを軽減できる
もしクライミング後の定常的なアイシングを継続している方がいれば、デメリットが提唱されている事を考慮して代替策の適用も検討してみてはいかがでしょうか。
終わりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
抗炎症薬の常用は慢性腱炎の回復を阻害する話
クライミングを続けていれば、指や肘の痛みは多かれ少なかれ経験することと思います。痛みの原因は多くが腱組織の炎症であり、これらの痛みを取り除くため、ロキソニンやボルタレンなどの抗炎症薬を使った経験がある方も多いのではないでしょうか。
抗炎症薬を常用すると、痛みは引くものの、様々なデメリットもあります。今回改めて調べた内容をまとめてみます。なお、怪我をした直後の急性期においては、炎症を抑えるべきか否か議論があるため除外し、慢性期の抗炎症薬常用を対象とします。
抗炎症薬の種類
炎症を抑える医薬品を総称して抗炎症薬と言います。ステロイド系と非ステロイド系がありますが、クライマーになじみ深いのは非ステロイド系でしょう。以下のような製品が非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)です。
炎症により起きる症状
人体はできるだけ状態を一体に保つ性質(恒常性)があります。そのため、人体の組織が損傷すると、その組織を回復させるために人体が活動を始めます。その際に組織に発生するのが炎症です。
例えば炎症により起きる症状に「痛み」があります。痛みは、炎症の過程で発生するプロスタグランジンという物質の働きにより、強く感じる様になります。痛みは組織に異常が生じていることを感知するためのシグナルで、「組織の回復のために安静にする」などの行動を促します。
また、炎症により赤くなる「発赤」は、血流の増加です。これにより回復に必要な物質の供給や老廃物の除去が活性化します。
非ステロイド系抗炎症薬の機序
非ステロイド系抗炎症薬は、前述のプロスタグランジンの産生を阻害して炎症を抑えます。ここでポイントとなるのは、「炎症を抑える=組織が回復している」のではない、という事です。
炎症自体は組織の回復のトリガー的な側面が強く、組織の回復を促す様々な化学物質(プロスタグランジン含む)を放出します。実際の組織の回復は、化学物質に対する生体反応として進みます。非ステロイド系抗炎症薬は、このトリガーを引けなくする作用なので、炎症が収まったから組織が回復しているわけではないという事です。
非ステロイド系抗炎症薬の常用によるデメリット
以上をふまえて、非ステロイド系抗炎症薬の常用にはどんなデメリットが考えられるかを確認していきます。
冒頭でも述べた通り、慢性的な炎症を対象とします。例えば以下の様な場合は対象外です。
- カチを握り込んだらパキッと音がしてとても痛い(パキリ)
- フォールして捻挫した
- ランジでホールドを止めたら肩に衝撃が走りズキズキ痛い
少し曖昧ですが、以下の様な状況を慢性的な炎症のモデルケースとし、非ステロイド系抗炎症薬を使用するデメリットを見ていきます。
「1ヶ月以上前に指をパキッたが、軽めの課題を登るなど騙し騙し過ごし、若干痛みは残りつつも登れている。登りたいプロジェクトがあと一手で登れそうなので、次回に備えて万全を期して抗炎症薬で痛みを抑える」
リモデリングに必要な炎症を抑制してしまう
慢性的な腱炎は、組織の回復過程が中途半端に終了していて、組織が繊維化しています。この状態では、健康な腱組織に比べて、再損傷が起こりやすくなっています。この状態から再び健康な状態へ遷移するためには、若干痛みを感じる程度の負荷をかけて微細な炎症を発生させ、その炎症が再び治癒するリモデリングを起こす必要があります。
非ステロイド系抗炎症薬は、このリモデリングのトリガーとなる炎症を抑えてしまい、正常な腱組織への回復を阻害してしまいます。
コラーゲン生成を阻害する
腱組織はコラーゲンでできており、日々のクライミングにおいて傷ついた腱組織は、適切な休養期間に伴うコラーゲン再合成によって、より強く回復します。
非ステロイド系抗炎症薬を投与するとコラーゲン生成が阻害される事が実験で確認されていますそのため、痛みは治ったとしても、日々のトレーニングによる腱組織の強化には逆効果になるという事です。
その他副作用
非ステロイド系抗炎症薬には、上に挙げた組織回復の阻害要素に加えて、以下のような副作用があります。
- 胃潰瘍になる可能性がある
- 腎臓に悪い
プロスタグランジンは、通常時においても胃粘膜に存在し、胃粘膜の細胞を保護するなどの作用を持っています。非ステロイド系抗炎症薬はプロスタグランジンの産生を阻害するので、常用すると胃潰瘍などの胃腸障害を誘発します。米国で年間10000人以上が非ステロイド系抗炎症薬性胃潰瘍で亡くなったという統計もあります。
また、腎臓もプロスタグランジンが定常的に分泌されています。非ステロイド系抗炎症薬により、腎臓の血流が低下して腎不全につながるリスクも報告されています。
まとめ
- 微細な炎症と休養は、腱組織の正常状態への回復に必要
- 非ステロイド系抗炎症薬は、微細な炎症を阻害するのに加え、コラーゲン生成も阻害し、慢性的な腱炎の回復を阻害する
今回は特に医学的な内容になっており、管理人は飽くまで素人なので誤り等あると思います。専門家の方には是非ご指摘いただければ幸いです。
終わりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
参考文献
[1]
Resolving an inflammatory concept: The importance of inflammation and resolution in tendinopathy
[2]
[3]
【書籍紹介】THE HARD TRUTH
The Hard Truth: Simple Ways to Become a Better Climber
- 作者:Hampton, Kris
- 発売日: 2020/05/14
- メディア: ペーパーバック
"Hard Truth"とは、「厳しい現実」「受け入れがたい真実」といったような意味です。本書は、なかなかクライミングが上達しない人達に対し、その原因である"Hard Truth"を突き付けます。
本書はクライマーとして上達するためのヒントが詰まった書籍ですが、具体的なトレーニング方法の解説はありません。普段のトレーニングに臨む姿勢や考え方にフォーカスし、それらが如何にあなたの上達を妨げているのか実例を交えて紹介する、エッセイ集です。
例えば、「鍛えて出直してくるよ」と言い訳するクライマーには、こんな風に言ってお尻を叩いてくれます。
またかよ。お前が6年間毎週ジムで登っていて、同じレベルのクライミングをしていることを知ってるぞ。いい加減にしろ。(中略)永遠に鍛え直し続けている途中で、結局のところ厳しいトレーニングは始めずに、次のレベルへ進化できない人っていうのはいるものだ。
以上管理人超訳
著者のクリス・ハンプトンは、ワイオミングでPower Company Climbingというクライミングトレーニングサービスを提供しています。対面、オンラインなどの有料コーチングプログラムに加えて、兼ねてからブログやpodcastを通じて、クライマーとして上達するための方法論を発信してきました。
本書籍はそのブログをまとめ直したもので、ヒップホップ好きの著者らしく、時にはライムをキックするように軽快に、しかし辛辣に、怠惰なクライマーを叱咤してくれます。
目次と概要
管理人の備忘も兼ねて、各章のタイトルと要点を以下にまとめておきます(いくつか噛み砕ききれず割愛した章もあります)。内容のイメージとしては、Mickipediaの上達方法/心構えカテゴリーに記載されているような内容が詰まっている感じです。
If You Aren't Making Progress, You're Probably Making Excuses
身長、リーチ、年齢、得手不得手、時間など、言い訳したくなる事は多々あるが、それらの言い訳が成長を妨げている。弱点の裏には伸び代がある。
Climb Better Faster | The Magic Bullet
より難しいルートを登れるようになりたければ、自分の弱点となっている能力を強いられるような易し目のルートをたくさん登るべき。ただし、弱点はトレーニングと共に変化するので、定期的に自己評価を行って再認識する事。
Training Wheels | How to Climb Harder Than the Other Newbs
自分より経験の浅いクライマーが早く上達していくのを見ても焦らずに、地道に反復練習をして着実に実力をつけていくことが大事。
The Chains That Bind Us
何も登れなかった日にも必ず小さな進展がある。失敗の積み重ねの上にのみ成功が待っている。
Don't sqash the Banana | Commitment
バナナを真っ二つに折ろうとした時に、少しでも躊躇えばバナナは潰れてしまう。クライミングでも、プロジェクトの完登やオンサイトトライを決めきれないのは、一瞬の躊躇いによるコミット力不足による。しかし、それは一朝一夕に改善できるものではなく、普段から言い訳をするクセが原因となっている事が多い。
時間が足りないとか、気が乗る時にまたやるだとか、鍛えてから出直してくるとか、いつまで言い続けるのか。
Even Good Beta Spray is Bad Beta Spray
課題のベータをたくさんくれる人がいるが、もらう側にとって害悪であることもしばしば。もらう人が内省して咀嚼してベータを採用するのでなければ、その人の身にならない。もしベータを提供するならば、内省を促す事ができるように、なぜそのベータが良いと思ったのか思考過程とともに提供すべき。
How Your Friends Are Holding You Back
クライマーのレベルは人それぞれなのに、サークル的に集まって同じメニューをこなしていては、効率的に成長できない
The Top 5 Bad Gym Habits of Sport Climers
スポートクライマーがジムでよくやる悪い癖トップ5
- クライミングだけを楽しんじゃう(トレーニングのためのクライミングをしていない)
- 自分の得意な領域(傾斜、ホールドなど)のみで登る
- 何本登ったかを重視して、質を重視しない
- 「テンション!」と言う
- ボルダリングをしない
The Top 5 Bad Gym Habits of Boulderers
ボルダラーがジムでよくやる悪い癖トップ5
- 長時間厳しくトライし過ぎる
- 常にプロジェクトをトライしていて殆ど完登していない
- 持久力を無視している
- 高強度の課題を殆どトライしない
- 十分に努力していない
Sandbagged | Are You Kidding Yourself?
グレードが辛いと言うが、そのルートのタイプが苦手で辛く感じるだけなんじゃないか?成長するチャンスと捉えよう。
You Aren't Actually Training
トレーニングとワークアウトは似て非なるもの。ワークアウトは一時的な刺激だが、それを意識的に方向性を定めて積み上げていくことで初めてトレーニングとなる。
The False Ceiling | Has Your Skill Set Limited Your Training Gains?
上達が頭打ちになった場合、それが真の限界値であるなんてことは殆ど無い。弱い所に目を瞑り、強いところだけをトレーニングしている結果、弱い所にひきづられて上達しなくなっているだけ。
The #1 Reason Why Your Training Dosen't work
岩場でのクライミングの経験は、インドアジムでは得られない。岩場での経験が浅く、それでも岩場でのクライミングに強くなりたいのであれば、多少コンディションが悪くても岩場でのクライミング経験を積むべき(岩場経験豊富ならジムに行くのもいいけど)。
Intimidated?
強いクライマーに囲まれて、かっこ悪いところを見せたくないとトライを躊躇したとしても、決して臆せず、自らを奮い立たせてトライするべき。トライしなければ登れるものも登れない。
Keeping Perspective for the Weekend Warrior
フルタイムクライマーは週末クライマーに比べてあっという間にプロジェクトを登ってしまうように見える。しかし、トライ数では週末クライマーと大して変わらず、短い期間で大量のトライをしている結果。
3 Reasons Why Soft Grades Matter
例えば同じ5.12bであっても、易しめの課題は存在する。それらが存在する理由もちゃんとあるし、より厳格にグレードを細分化する意味はない。
- 成長していく過程で、易しいものから徐々にマスターしていく方が効率がよい
- 易しくても素晴らしいクオリティのルートがある
- グレードを細分化し始めたらきりがない
Success Or Mastery
スケートボーダーは一つのトリックを一度成功したからもうやらないなんてことはない。クライマーも、登れた課題をサーキット化して何度もトライしてマスターしよう。かつてのプロジェクトもいつかはウォームアップになる。
The Send is a Necessary Piece of the Process
過程のみが問題で結果はどうでもいい、とうそぶくのは逃げでしかない。完登できたかできないかを、そこまでの過程に改善点を見出すための試金石と捉え、長く完登の成果がないのであれば、ゴール設定か過程のどちらかに問題があると捉えなければならない。
No Kings, No Way
他人と比較して落胆する必要はない。自分のプロジェクトルートが誰かのウォームアップだったとしても、その誰かにとってもプロジェクトだったことがあった。同じく自分のウォームアップルートは誰かのプロジェクトかもしれない。
Selective Learning | The Short-Sighted Approach
トレーニング本を読むと、つい親しみがあるメニューに目がいってしまいがち。ずっと似たようなトレーニングメニューを続けて停滞しているのであれば、一度トレーニング本を読み返してみて、見逃していたトレーニングが無いか探してみては。
Climb Better Faster | The Often-Missing Piece
時には、自分の実力を大きく越えたグレードにトライする事も必要。そのグレードを経験し、そのグレードに到達するために自分に必要なものを想像して戦略を立て、一つ一つの段階をマスターしていく。
余談
本書は洋書のペーパーパックですが、Amazonが日本で印刷しているようで、注文した翌日に届きました。Amazon POD(プリント・オン・デマンド)というサービスで、2011年から運用しているようです。知らなかった。在庫も減るし、輸送コストも減るし、よさそうですね。
ピンチトレーニングの注意点
ピンチグリップのトレーニングは、以前ピンチブロックに重りをぶら下げて保持する方法を紹介しましたが、もちろんクライミングウォールやハングボードにピンチホールドを取りつけて自身がぶら下がる方法も可能です。
例えば上のInstagram画像のように、緩傾斜に取り付けられたピンチホールドをキャンパシングしたり、上部のピンチホールドにぶら下がるなどのやり方です。
これは、より実際のクライミングに近い動作ではありますが、人間工学の観点から考えると必ずしも体によい動きとは言えず注意が必要となります。今回は、スペインのクライマー、研究者、コーチであるEva Lópezによりまとめられた、ピンチグリップのトレーニング方法に関するブログ記事から要点をまとめて紹介します。詳細を確認したい方は以下の原典を見ていただくのがよいでしょう。
人間工学的に自然なピンチグリップぶら下がり姿勢
ピンチグリップで保持してぶら下がる場合、人間工学的に自然な姿勢は以下のようになります。
- 手首は15度~30度背屈、尺屈も撓屈もしない
- 腕は体の真正面に出す
これを実現しようとすると、世界で話題の野村真一郎さんのインスタ動画のように、ルーフに取り付けたピンチグリップでフロントレバーをするような姿勢になります。
しかしこれは残念ながら一般人にとって実現可能性が極めて薄いので、以下の2点のようなやり方が次点として推奨されるのです。
- ルーフに取り付けたピンチグリップにぶら下がる(腕を体の前に出すのをあきらめて、フロントレバーはしない)
- ピンチブロックに重りをぶら下げて保持する
どちらも腕を体の前に出すことは割り切っていますが、手首の背屈、尺屈、撓屈については人間工学のセオリーに従っています。
続いて、人間工学的には不自然となるパターンを確認していきましょう
人間工学的に不自然なピンチグリップぶら下がり姿勢
垂壁~緩傾斜壁に、垂直方向に取り付けられたピンチにぶら下がる
この方式では、手首が尺屈した状態で親指の筋肉を酷使します。この場合、ドケルバン病などの症状に陥るリスクが高くなります。ドケルバン病は、手首の親指側に存在する腱鞘の炎症です。
垂壁~緩傾斜壁に、斜め方向に取り付けられたピンチにぶら下がる
この方式では、垂直方法に取り付けられたピンチにぶら下がる場合に比べ、手首の尺屈度合いは少なくなりますが、手首や小指にかかる負荷は理想的とは言えません。
またトレーニングの観点では、純粋に親指のピンチ力を鍛える目的にはそぐわない面が出てきます。小指側のフリクションに支えられる荷重であったり、左右のホールドを中心方向に向けて抑え込むコンプレッションによって支えられる荷重が大きくなるためです。
実際のクライミングは人間工学的に自然な姿勢ばかりではない
垂壁~緩傾斜壁に取り付けられたピンチホールドを保持してぶら下がるのは、人間工学的には不自然であることを確認してきました。しかし、ここで注意が必要な点は、これらの動作はクライミングとしては普通にあり得る動作であるということです。どうしても登りたいルートでそのような動きが必要であれば、多少体に負荷がかかってもその動作を選択せざるを得ないこともあるでしょう。
ポイントとしては、クライミングのベース能力としてピンチの保持力をトレーニングを行う際には、可能であれば体に優しい(人間工学的に自然な)姿勢を選択する方が、怪我をするリスクを低減することができるということです。人間工学的に不自然な姿勢でのトレーニングは、ターゲットとしている課題・ルートでどうしても必要な場合、一時的に採用する程度に留めるのがよいのではないでしょうか。
まとめ
- ピンチグリップを行う際には手首を15~30度背屈し、尺屈・撓屈しない姿勢が人間工学的に自然
- トレーニングを行う際には、人間工学的に自然な姿勢を選択することで怪我のリスクを低減することができる
ピンチグリップでは手首を故障をすることが多く注意が必要ですので、できる限り故障のリスクを低減できるよう、今回の記事が参考となれば嬉しいです。
おわりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
炎のメリーゴーランドのスタイルの話
先日発売されたRock&Snow No.88は、先日に事故で亡くなった杉野保さんを追悼し、杉野さんと親交のあった多くのクライマーが追悼の辞を送っています。改めてその偉大な足跡と失ったものの大きさを再認識するとともに、氏のスタイルに対する拘り、特にオンサイトに対するそれが強く伝わってきました。
この特集を読みながら思い出したのは、杉野さんが初登した「炎のメリーゴーランド」にまつわるスタイルです。このルートは2015年に管理人も登り、当時は会心の登攀と感じたものの、その後何かにつけ思い出すにつれ、初登時のスタイルの素晴らしさと比べると節操のないクライミングだったなと、内心忸怩たるものがあったところです。いい機会なので、自らの戒めの意味もこめて記しておきます。
「炎のメリーゴーランド」とは
炎のメリーゴーランドは、2006.1に初登された、城ケ崎アストロドームのトラッドルートです。グレードは5.13/c。正確には下部パートの「メリーゴーランド」は故吉田和正さんがピンクポイントで初登しており、「炎のメリーゴーランド」は「メリーゴーランド」の終了点から10メートルを延長したルートです。下部の「メリーゴーランド」は終了点以外はナチュラルプロテクションですが、オリジナルの10メートルはボルトが2本設置されており、ナチュラルプロテクションとボルトのミックスルートとなります。
「炎のメリーゴーランド」の初登スタイル
炎のメリーゴーラウンドの初登スタイルは、CLIFFのページに以下の記載があります。
プリプロはせず、「自力でカムセット、落ちたらそこまで残置」スタイルで登った。(中略)
(13b/cというグレードは自力セットを前提にしたものです)
プロテクションは、メリゴ部分、緑エイリアンから青キャメまで、オリジナルに入ってボルト2本と黄キャメ。(中略)
(ボルト設置など入れて2日間4回目)
「自力でカムセット、落ちたらそこまで残置」というのは少しわかりづらいですが、同じページで城ケ崎もずがねエリアの「秘奥義」を初登記録に以下の記載があります。
スタイル的には、すべてのカムをセットしながら登り、途中で落ちた場合はそこまでのギアを残すやり方(昔でいうロワーダウン+引き抜き方式)で登った。
(試登を入れて3日間8回目)
炎のメリーゴーランドもおそらく同等のスタイルで登っていると推測されます。ここから読み取れることは、明示的に記載はないものの、ロープにぶら下がってのムーブ練習は一切行っていないということです。ボルトは上部の立ち木等から懸垂下降して設置していますが、その際もホールドのチェック等はしたかもしれませんが、ムーブ練習はしていないでしょう。
ルートクライミングにおけるスタイル
「レッドポイントとは、いわば仮想のフリーソロだ」
「オンサイトも、結局はそういうことだ」
今回の追悼記事において、クライミングインストラクターの菊池敏之(ガメラ)さんは、上記を杉野さんの言葉として紹介しています。これはルートクライミングにおけるスタイルの考え方を端的に表すものです。
安全確保のための支点・ロープを使用しないフリーソロを最も純粋なクライミングと捉えると、ロープにぶら下がるという行為は仮想的な死と言えます。軽薄な例えですが、ゲームで言うところのゲームオーバーです。
オンサイトは、安全確保のためにロープを付けて登るものの、そのルートにトライしている間、1度もロープにぶら下がる事なく登りきるので、ゲームオーバー0回でクリアとなります。精神的な負担は異なるものの、フリーソロと同じように(仮想的にも)死なずに登り切っているので、フリーソロに最も近い価値あるスタイルと言われるのです。
一度でもロープにぶら下がっての完登は、ざっくりまとめればレッドポイントとなりますが、その中でもロープにぶら下がってのムーブ練習をするかしないかで分かれます。フリーソロであれば落ちたら下まで落ちるので、落ちたところのムーブ練習なんてことはできません。そこに目を瞑って、ロープにぶら下がった状態でムーブを練習するのを是とするのがハングドッグであり、ある意味チーティング(ずる)をしているのです。ゲームに例えれば、最初からやり直さずにゲームオーバーになった地点から始められる"コンティニュー"でしょうか。
「炎のメリーゴーランド」の初登スタイルは、ボルト設置のためにロープにぶら下がってはいるもののハングドッグをしていないと考えられます。現代クライミングで市民権を得ているチーティングを敢えて排除し、登るたびに未知のパートを手探りで進んでいく余地を残した、スタイルに拘った登攀であったと言えるのです。
管理人が再登した際のスタイル
翻って、管理人が登った際のスタイルは以下のようなものでした。
- メリーゴーランドのトライ数も含めれば、50回以上は確実にトライ
- ハングドッグしてのムーブ練習はしまくり
- 時には「メリーゴーランド」の終了点にFIXロープを張り、そこまでユマーリングで上がってから上部だけパート練習を実施
- 最終的には上部2本のボルトは使用せず、ナチュラルプロテクションのみで登った
この中で、4点目だけは、「あるがままの岩を登る」という意味では少しは良いスタイルと言えるかもしれませんが、その他3点は、初登時のスタイルから読み取れる杉野さんの思想を完全にスポイルし、台無しにする所業といったところです。
もちろん、現代のクライミングにおいてハングドッグを使用してのレッドポイントは市民権を得ている一般的な戦略です。自身の限界グレードを一段階上げる際には特に欠かせない手法であることは間違いないです。しかし、それは同じようにハングドッグでのワークトを経て初登されたスポートルートでやってもいいし、ジムのルートでやってもいいことだったわけです。それを、クライミングの根源的と言ってもいい思想を尊重して開かれたこのルートで行うべきではなかったのではないかと、時々苦い思いが浮かぶのです。
以上
参考
ルートクライミングのスタイルについては、ガメラさんのページに、私的なランキングが記載されており、引用させていただきます。(ムーブ練習しまくりのレッドポイントは下の下。)
1.オンサイト・フリーソロ
2.オンサイト
3.落ちたらすぐロワーダウンして、ロープを引き抜き、レッドポイント
(落ちた回数=ロワーダウン回数とフリー度を反比例)
4.落ちたらすぐロワーダウン、しかしロープは引き抜かず、シージングで完登
(上に同じ)
5.初見ワンテンション、またはツーテンション、で、終わり
6.とりあえず数テンションと呼べる範囲内で抜けた上でのレッドポイント
(落ちた回数とフリー度を反比例。ただしレッドポイントまでの回数は関係なし)
7.トップロープで以下同上
8.アケママ
9.アケママ
10.1回につき10指を超える回数のテンション(トップロープ含む)後のレッドポイント
(レッドポイントまでの回数はまったく関係なし)
余談
今回からRock&SnowはKindle版での購入が可能になりました。毎号購入しており、家での置き場所に困っていたので、とても助かります。今後はKindle版を購入していくつもりです。
ただ今回は杉野さんの追悼号でもあることから、紙版を購入しました。同じく追悼号であるRock Climbing誌と本棚に並べて、個人を悼むこととします。
スタティックストレッチの利点(trainingbeta podcastからの紹介)
本ブログで何回か紹介しているTrainingbetaのPodcastで新しいエピソードが公開されていました。今回のテーマはストレッチです。
ストレッチについては、クライミング前後のウォームアップ、クールダウンであったり、クライミングに必要な可動域を向上させるための日常的ストレッチなど、講習や入門書で必ずといっていい程指導される項目です。
一方、「運動前にスタティックストレッチは行わない方がよいのか」など、人や媒体によって意見の一致しないトピックが多く、悩ましい事もあります。
TrainingbetaのPodcastでは、最新の生理学的見解をふまえて、クライマーがストレッチを行うタイミングや種目の考え方を紹介しています。今回はその中から、スタティックストレッチの利点に着目した以下2点を紹介します。
- 運動前のストレッチは、体の部位ごとにスタティックストレッチが望ましい部位とダイナミックストレッチが望ましい部位がある(部位は運動の特性によって異なる)
- 腱組織の柔軟性を保ち怪我を防ぐために、負荷をかけるスタティックストレッチが有効
ストレッチの種類
初めにスタティックストレッチ(静的ストレッチ)とダイナミックストレッチ(動的ストレッチ)の定義を確認しておきます
スタティックストレッチ(静的ストレッチ)
筋肉をゆっくりと伸ばし、やわらかくして可動域(動く範囲)を広げる。
Wikipediaに記載の通り、反動や弾みをつけずにゆっくりと筋肉を伸ばしていき、伸び切ったところで15秒~60秒程度静止するストレッチになります。床に座って足を前に出し上半身を前にゆっくり倒していく、太もも裏のストレッチがイメージしやすいと思います。
ダイナミックストレッチ(動的ストレッチ)
静的ストレッチ(スタティックストレッチ)に対して動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ)がある。動的なストレッチの例としては、ゆっくりと制御された脚のスイング、腕のスイング、または胴体のねじれがある[4]。これはやさしく稼働範囲内で行う
少し定義としては曖昧ですが、スタティックストレッチがゆっくりと伸ばすのに対し、ダイナミックストレッチは関節の可動域フルレンジまで動かし、そこで長時間停止せずに動きを繰り返すストレッチです。ラジオ体操もダイナミックストレッチに含まれます。
スタティックストレッチの生理学
運動前にスタティックストレッチを行うと、筋出力が落ちるので行わない方がよいと言われることがあります。これを理解するために、ストレッチを行った際に起きる生理学的な作用について触れておきます。
伸張反射と筋紡錘
「伸張反射」とは、ある筋肉を急激に引き延ばした時に筋肉が損傷するのを防ぐために、その筋を収縮させる(縮める)ように体が指令を出す反応です。筋内に存在している「筋紡錘」という器官が、急激な筋肉の伸張を感知して脊髄へ伝達し、脊髄から筋肉を収縮させるように指示が出ます。
スタティックストレッチを行う際は、反動をつけて筋肉を伸ばさないようにします。反動をつけると、急激に筋肉が伸びたと筋紡錘が感知して伸張反射が起こり、伸ばしたい筋肉が逆に収縮してしまうからです。これは筋肉を緩めることを目的とすると逆効果になりますが、運動前に筋肉の出力を高めることを目的とするならば嬉しい効果です。
収縮の抑制とゴルジ腱器官
スタティックストレッチを行う際には、筋紡錘は活動しませんが、別の器官が活動します。それが「ゴルジ腱器官」と呼ばれるものです。ゴルジ腱器官は、筋肉と腱の間のあたりに存在し、筋紡錘と同じように筋肉が伸びたことを感知しますが、持続的に筋肉が伸びているのを感知します。
伸張を感知した後の作用ですが、ゴルジ腱器官の作用は筋紡錘の作用と逆になります。伸張反射では筋紡錘が筋肉を収縮させるように作用しましたが、ゴルジ腱器官は逆に筋肉の収縮を抑制させるように作用します。これは、筋肉の収縮した状態が続いて筋腱全体が緊張した状態で持続的に伸ばす方向の力がかかると、筋腱組織が損傷する可能性があるからで、伸びる力に逆らわずに筋肉と腱を緩めるように作用します。
運動前のスタティックストレッチで筋出力が落ちる理由
運動前にスタティックストレッチを行うと、以下のような作用が起きます
- 筋肉の収縮が抑制される
- 腱組織が柔軟性を持つ
筋肉の収縮で発生したエネルギーが腱を通じて骨格に伝達し、その結果として骨格が動くというのが運動の原理です。スタティックストレッチを行うと、1により筋肉の収縮で発生するエネルギーが低下するのに加え、2により伝達するエネルギーが柔軟化した腱組織により効率的に伝えられず、総体として筋出力が低下することになります。
余談として、クライミングのトライの合間に、硬くなった前腕をスタティックストレッチすることがよくありますが、指の保持力を発揮する指屈筋の筋出力を低下させることになるので、行わない方がよいでしょう。
運動前のスタティックストレッチ
ここまで述べてきた内容だけだと、「運動前のスタティックストレッチは筋出力を低下させるので行わない方がよい」という結論になりそうですが、そうではありません。行う運動の特性を考慮して、爆発的な筋出力が必要な部位と柔軟性が必要な部位を見極めれば、柔軟性が必要な部位に対してはスタティックストレッチは効果的です。
クライミングにおける下半身の運動を考えてみます。下の写真は左手のデッドポイントでホールドを取っていますが、左足の股関節は大きく曲がった状態からスタートし、ホールドに手を伸ばすと同時に股関節が伸びていくのがわかります。
この際に股関節の周辺で爆発的に収縮しているのは、主に体の後ろ側の筋肉群で、大殿筋や太もも裏のハムストリングスになります。これらの筋肉に対してスタティックストレッチを行うのは、筋出力が落ちるので好ましくありません。
しかし、逆となる体の表側の筋肉群はどうでしょうか。具体的には太ももの表側の大腿四頭筋や腸腰筋です。クライミングの動作において爆発的に股関節を屈曲させる動きは殆どなく、筋出力の低下が運動に与える影響を心配する必要はありません。またこれらの筋肉はデッドポイントで爆発的に収縮する筋肉の反対側の筋肉群になるので、柔軟性が高いほど収縮する側の筋肉が収縮しやすくなります。そのため、クライミングにおいては大腿四頭筋や腸腰筋は運動前にスタティックストレッチを行うのは望ましいと言えるのです。
まとめると、クライミング前のストレッチは、クライミングで爆発的な筋出力が必要な部位はダイナミックストレッチ、爆発的な筋出力が不要で可動域が優先される部位はスタティックストレッチを行うのがよい、ということです。
指屈筋腱のストレッチ(クールダウン)
少し視点を変えて、クールダウンにおけるストレッチについて考えてみます。クールダウンにおいては、その後にスポーツパフォーマンスを行うわけではないので、スタティックストレッチで筋出力が低下しても問題ありません。そして、筋肉だけではなく腱組織についても柔軟性を保つようにすることで、怪我や故障を未然に防ぐことにつながります。
ここで腱組織の柔軟性を向上させるためのポイントが1つあります。単に筋肉を伸ばすのではなく、筋肉を収縮させ(=力を入れ)ながら筋肉を伸ばす方向に加重する事で、より効果的に腱組織がストレッチされます。
これを具体的に端的に言えば、フィンガーボードにぶら下がるという事です。かなり直観に反する事ですが、限界レベルのボルダリングを行って指がギシギシいってきる状態の後には、クールダウンとして数10秒×数セットのフィンガーボードぶら下がりをオープンハンドで行う事で解消できる事になります。
先日、実際に限界までボルダリングを行った後に、上に上げたクールダウンを行ったところ、翌朝に指がギシギシ強張っておらず、快適な状態でしたので、今後も継続してみるつもりです。
まとめ
- クライミングで爆発的な筋出力が求められる部位は、クライミング前のストレッチはダイナミックストレッチが望ましい
- クライミングで爆発的な筋出力が求められず、寧ろ柔軟性が必要な部位は、クライミング前のストレッチはスタティックストレッチが望ましい
- クライミング後のクールダウンにおいて、指屈筋腱のストレッチのため、数十秒×数セットのオープンハンドぶら下がりを行うのが望ましい
専門用語が多く、かみ砕いた説明ができませんでしたが、ストレッチを行う際には以上3点を考慮することで、よりトレーニング効果を高めつつ怪我を防げると思いますので、参考にしてください。
終わりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
参考
その他のPodcast内トピック
本編で取り上げたトピック以外にも、Podcast内では以下のようなコンテンツを扱っています。興味があれば聞いてみてください。
- ストレッチの生理学的理解
- なぜストレッチをするのか
- スタティックストレッチとダイナミックストレッチ
- 各種ストレッチをどんなタイミングで使いわければよいか
- 腱のストレッチと筋肉のストレッチ
- クライミングセッション中にストレッチをしない方がいい理由
- ユースクライマーにおけるストレッチとストレングス トレーニング
英単語
生理学的な英単語が頻出するので、Podcast内で出てくるものを幾つか挙げておきます。
"stretch shortening cycle(SSC)" 「伸張ー短縮サイクル」
"inhibited"「抑制される」Podcast内では収縮を抑制するといった文脈で使用
"golgi tendon organ" 「ゴルジ腱器官」
"muscle spindle"「筋紡錘」
"reflex"「反射」
”hip flexors"「股関節屈筋群」
”hip extensors"「股関節伸筋群」
"hamstrings"「ハムストリングス」太腿後面の筋肉群
"quadriceps"「大腿四頭筋」