フルクリンプ鍛えるべきか問題(海外編)
カチ持ちを個別に鍛えることの是非が、昨年末にTwitterのタイムラインで賑わっていました。
カチ持ち(アーケ)は
— N_クライミング専門医 (@now_med_4_yall) 2019年12月11日
前腕筋にちょびっと手掌筋が動員され保持感増しますが
敢えてのカチトレはすべきでない
指関節を一生変形拘縮させてしまう覚悟のあるプロクライマーは別ですが
指関節への負担大きすぎ
犠牲の割に得られるもの少ない
使う筋肉は同じなので
open handだけでもカチ強くなります
故障予防、グリップ毎の保持力強化必要性、年齢、経験など、様々な観点でメリットデメリットがあり、画一的な評価が難しい問題です。タイムラインでは医療、クライミングの専門家が意見を述べており、管理人のような素人が憶測を述べるのはおこがましい所です。
一方、海外のクライミング系フォーラムで頻繁に議論が湧く話題でもあり、海外での評価を知っておくのは意味があると考えます。そこで、今回は結論を出すのではなく、クライミングトレーニングのインフルエンサー達がどのような意見を持っているのか紹介します。
「カチ持ち」だと、フルクリンプとハーフクリンプ両方含みそうですが、今回はフルクリンプを対象とします。
フルクリンプの定義とリスク
定義
まず始めに、フルクリンプの定義を確認しておきます。ホールディングには様々な方言があり、同じ用語でも人によって違うものを指していたりすることがありますので。
引用元
著:Dr. Jared Vagy(2019年)Climb Injury-Free
ここでは、クライミングの故障予防・リハビリに特化した書籍「Climb Injury Free」 - May the friction be with you!で紹介したClimb Injury-Freeの定義を採用します。関節は、手首に近い側から第一、第二、第三関節とします。
- オープンハンド
第一〜第三までの関節を最小限曲げる。
- ハーフクリンプ
第一、第二関節を曲げ、第三関節はまっすぐ。
- フルクリンプ
第一、第二関節を曲げ、第三関節は手の甲側に反る(第二関節が、保持面より上に出る)
- クローズドクリンプ
フルクリンプの人差し指に、親指を添える
リスク
第二関節を大きく曲げた状態で荷重がかかることにより、以下のような故障のリスクが高まります。
- 関節炎
第二関節の軟部組織が狭くなった状態で負荷がかかり、炎症を起こします。クライマーの第二関節がぷっくり膨れてるやつです。
- 腱鞘炎
指を曲げると、指の腱は骨から離れて浮き上がる方向に力がかかりますが、腱鞘というリング状の靭帯組織が、浮き上がらないように押さえています。この浮き上がりの力が腱鞘に炎症を起こしたり、悪くすると腱鞘が破断して腱が浮き上がってしまったりします(ボウストリンギング)。この破断する音が、いわゆる「パキる」というやつです。
- 骨端線損傷
引用元
著:菊地敏之(2019年)クライマーズ・コンディショニング・ブック 山と渓谷社
成長期のクライマーは、指の骨も成長します。骨の先端付近の成長軟骨帯(骨端線)という部分が徐々に骨に置き換わっていく事で成長していきますが、この部分は腱や靭帯よりも損傷しやすく、フルクリンプの負荷によって、近辺の骨折を起こす事があります。
推奨派と否定派の集計
それでは本題です。母数が少ないですが、クライミングトレーニングに関わるコーチ、トレーナー、理学療法士などのうち、書籍・ブログ・SNS等で積極的に情報発信をしている人達の意見を集計してみました。(ぶっちゃけ、管理人がよく見るサイトを並べただけなので、抜け漏れあると思います。)
結論としては、何かしら個別にフルクリンプトレを推奨している人が半数近くおり、思ったより多いなという印象です。ただし、ビギナーから行なう事を推奨しているのは1例のみでした。
推奨派の意見
推奨理由を明示していない人もいましたが、基本的には、トレーニングの成果はグリップタイプ別に得られるので個別に鍛えるべき、という考え方が多かったです。デイブ・マックラウドはオールラウンドクライマーとしての自身の経験を踏まえて、フルクリンプはフルクリンプをたくさんやらないと強くならないと語っています。
トレーニングを推奨する経験値
ビギナーがフルクリンプを個別でトレーニングする事を推奨している人は殆どおらず、中級者以上、もしくは上級者以上の経験と実力がある人が補助的にトレーニングすることを推奨しています。
唯一、Powercompany Climbingでは、ビギナーからトレーニングを開始することを推奨しています。
- 腱や靭帯を痛めやすいホールディングなので、ある程度腱や靭帯が強くなるまでは、フルクリンプは行わない方がいいという考え方は、意味がわからない
- 痛めやすいからこそ、実際のクライミングやキャンパシングなどのダイナミックでリスクのある動きでフルクリンプをする前に、負荷を軽く調整できて静的な負荷をかける事ができるフィンガーボードなどで、徐々に腱や靭帯などの結合組織を鍛えて厚くしていくべき
Powercompany climbingのNateは、この考えに従い、片手でtension blockに2.5pound(1.134kg)の重りをぶら下げて保持するところから徐々に始めて、50pound(22.68kg)まで徐々にあげていっているとの事です。
トレーニング方法
Tyler Nelsonは、PowerCompanyとは別の方法で、リスクの低いフルクリンプトレーニングを提案しています。
- 計測計などで、事前に、特定のエッジサイズで自身が出力できる最大出力を確認しておく
- 最大負荷の40%~80%の負荷で、数十秒継続した負荷をかける。(例)最大出力が100kgで体重が60kgの場合、60%の負荷になる
- 負荷をかける際は、急にぶら下がらず、ゆっくりと負荷をかけていく(足を徐々に地面から離すイメージ)
- 健康な結合組織(腱・靭帯)であれば、最大負荷の40%〜80%でゆっくりとした印荷であれば、ゆっくり引き伸ばされるが破断することはない
- トレーニング後にしっかり水分と栄養と休養を与える事で、徐々に結合組織が強くなっていく
Is full crimp finger training safe?
若年層への適用について
注意すべき点として、推奨派の中で、年齢についての議論は含まれていませんでした。リスクで述べた通り、成長期にある若年層クライマーにおいては、フルクリンプの多用は骨端線損傷のリスクがあります。推奨派の言うトレーニング方法は主に腱・靭帯に着目していますが、成長期の軟骨組織にそのまま適用できるとは考えづらいところです。
否定派の意見
これは概ね一致していて、以下2点に集約されます。
- 第二関節を大きく曲げて力を入れるのは、指の腱と靭帯にストレスが大きい
- ハーフクリンプを鍛えれば、フルクリンプも強くなるので、個別にフルクリンプを鍛えるのはハイリスクローリターン
個人的に一番知りたかったのは2点目で、ハーフクリンプを鍛える事で、どれくらいフルクリンプも強くなるのかという点でしたが、この点を掘り下げた記事は、残念ながら見当たりませんでした。
(おまけ)プロクライマーの考え方
否定派の考え方の掘り下げができなかったので、おまけで、プロクライマーによるホールディングの考え方を紹介します。
書籍「Climb Injury-Free」では、様々なプロクライマーが故障予防に関するコラムを書いてます。その中から、ホールディングについて記載されている内容になります。真逆で、なかなか面白いです。
ショーン・マッコールの場合
- フルクリンプは余程必要な場合でない限り使わないスタイルで、95%はオープンハンドかハーフクリンプで登る
- 保持力は、ハーフクリンプよりフルクリンプの方が強いのは事実だが、クライミングを始めた当初からフルクリンプを避けて登ってきたので困っていない
アダム・オンドラの場合
- クリンプが指にストレスがかかるのは事実だと思うが、今までの経験上、クリンプで怪我したことはない
- むしろ、特殊な形状のポケットで薬指一本に負荷が集中して怪我したパターンが多い
- ポケットだってリスキーなので、クリンプだけを避けるのではなく、満遍なく色々な持ち方を使って登るようににした方が、指への負荷を分散できて、怪我しにくくなるのではないか
まとめ
あまり明確な結論はありませんが、まとめます。
- 海外のトレーナー、コーチ、理学療法士の間でも、フルクリンプを個別に鍛えるべきか否かは意見が別れる
- 鍛える場合、負荷には最善の注意が必要という点は概ね意見が一致
- 若年層への適用は根拠、エビデンスが見られず、推奨されない
もしどうしても個別に鍛えたいという場合、闇雲に限界負荷でぶら下がるのではなく、楽に感じるくらいの負荷から徐々にぶら下がるのがよさそうです。
終わりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
Training for Climbing: The Definitive Guide to Improving Your Performance (How to Climb)
- 作者:Horst, Eric J.
- 発売日: 2016/07/15
- メディア: ペーパーバック