PC環境断捨離(Becky!メールをgmail移行、mixi日記エクスポート、iTunes卒業)
(クライミングに関係のない雑記です。ご興味がある方だけどうぞ)
昨年から時々、勤務先の在宅勤務を使用して在宅勤務をしています。月数回であったため、会社貸与のPCを使用していましたが、年明けからコロナ騒ぎがざわつき始め、自宅でBYOD(Bring Your Own Device)で作業できるようにしておいた方がいいなと考え始めました。しかし、家のPCはWindows7でサポート切れに加え、PC内のハードディスクに重いアプリケーションが多くて起動も遅く、BYODに耐える代物ではありませんでした。いい機会なので、Windows10 PCに買い替えるのと合わせて、いろいろとPC周りの環境を断捨離しました。参考になる方もいると思い、ここにまとめておきます。
メールをgmailへ完全移行(Becky!からの移行)
プライベートメールのやり取りは10年くらい前からgmailにしていますが、それ以前のプロバイダー経由メールが、PC内のメーラー(Becky!)にずっと残っていました。残したいメールだけでも移行したいと思っていたので、今回、以下のサイトを参考に移行しました。
18年分のメールをBecky!からGmailに移行しました | 前向き人間 とくだのブログ2.0
元々、自分はBecky!のメールはPOP方式で利用していて、PCローカルのハードディスクにメールがダウンロードされている状態でした。gmailは、基本的にIMAPという方式になっており、メール原本はサーバに存在しています。このやり方は、Becky!上で、POP方式のメールボックスとIMAP方式のメールボックスを併存させて、POP→IMAPに移行するやり方で、ネットにつながってさえいれば簡単にできます(移行は5~6時間かかりましたけど)。ざっくり言うと、上記のような手順です。
- Becky!上に、既存のメールボックス(POP方式)とは別にもう一つメールボックスを作る
- もう一つのメールボックスはIMAP方式で設定し、gmailにつながるように設定しておく
- Becky!上で、POP方式のメールボックスからIMAP方式のメールボックスへメールをドラッグ&ドロップする
- 移行が終わったら、Becky!はプログラム毎削除してOK
mixiの日記をエクスポートして退会
こちらはPCのハードディスク環境とは直接関係ないですが、ずっと使用していないのに、クライミングの日記だけが残っていて、サルベージしておかないとと思っていました。
mixi日記のエクスポート&PDF化 | mixiユーザー(id:1733285)の日記
- ツール「mixi export」をダウンロードして、プロキシ設定をいじってからツール実行し、日記ページのHTMLファイルを抽出
- HTMLファイルを1フォルダにまとめて、「DocuFreezer」アプリでHTMLファイルをPDFに変換
といった流れです。
iTunesからの卒業
管理人の場合、PC動作を一番重くしていたのはiTunesでした。アップデートファイルのダウンロードが始まるとiTunes自体の動作も固まり、ブラウザでのWeb閲覧速度にも影響し、ストレスの元凶だったと思います。iphoneのバックアップで使用していたため、なかなか捨てられませんでしたが、今回ようやく卒業しました。
音楽ファイル・動画ファイルの退避
こちらは簡単で、iTunesを立ち上げたのち、ライブラリ表示画面で、退避したいファイルを退避フォルダにドラッグ&ドロップするだけでOK。管理人はNAS上に全ての音楽・動画ファイルを退避しました。
iphoneバックアップファイルの退避
これはバックアップファイルをicloudにするという話です。管理人はicloudは無料で使っているので、バックアップファイルを5GB以内にする必要がありました。写真と動画がほぼ全ての容量を食っているので、それらをクラウドに逃がすことにしました。具体的には、Amazon PrimeフォトとGoogleフォトにダブルバックアップしています。
- Amazon Primeフォト
Amazon Prime会員なら無料で使える、写真・動画のバックアップストレージです。
写真は容量無制限ですが、動画は一定容量までしか無料ではアップロードできません。
- googleフォト
こちらは若干画像や動画品質が劣化しますが写真も動画も容量無制限でアップロードできます。
とりあえずこの2つにバックアップしておけば、iphoneをなくすことがあっても困らないでしょう。動画が、実質、googleフォトにシングルバックアップ状態なのが玉に瑕ですが、iphoneに原本はあるので、iphoneの容量が一杯にならない限り、当面この方式でいくことにします。
終わりに
今までに、多くのファイルをNASやクラウドに逃がしてきていて、PCを移行する際の手間は大分減っていましたが、今回、最後に残ってしまっていたPCのローカルHDDファイルを全てNASかクラウドに退避することができました。今後は気楽にスマホとタブレットPCだけで作業が完結できるようになり、気持ちも軽くなったような気がします。今どきの若者は、そもそもローカルに保存しているファイルなんて殆ど無いんでしょうから、些細なところでデジタル・ディバイドに陥らないように身軽になっておきたいものです。
ホームトレーニングの解説集(covid-19による外出自粛対策)
新型コロナウイルス(covid-19)の感染拡大を受け、アメリカ、ヨーロッパを中心に外出禁止の政府指示が出ているエリアが増え、クライミングジムの休業や岩場の利用禁止・自粛が拡大しています。それを受けてクライマーの間で、(social distancing)をお互いに促すとともに、在宅でのトレーニング方法をシェアする動きが拡大しています。
日本においても、休業するジムが出始めていましたが、東京都では3/28,29の週末に外出を自粛するように都知事からの依頼が出た事を受け、これらの動きが拡大することも想定される状況です。
今後の動向次第ですが、日本においても外出禁止の拡大が進んだ際には、在宅でのトレーニングが有効になると思いますので、海外発でシェアされている在宅トレーニングの情報をまとめておきます。
手指、肩のトレーニング
フィンガーボード、ダンベル
今回、かなり早くからアクションしていたのはTom Randoll率いるLattice Trainingです。この動画では、手指、肩について、フィンガーボード、ダンベルを使用したトレーニングと注意点を解説しています。
Climbing Training At Home - What Is Best?
- フィンガーボードにぶら下がる姿勢は、実際のクライミングと異なり、両手が肩より上に上がりっぱなしなので、そればかりやるのは良くない
- ピンチブロックなどに重りをぶら下げて保持するトレーニングなどと併用し、トレーニングのバラエティを広げる
- ホールディングの鍛える割合はハーフクリンプ50%、4本指オープン20%、3本指オープン20%、フルクリンプは10%未満
- ガバホールドで、肩のエンゲージメントも鍛えた方がいい(shrug pull up)
- フィンガーボードがなければ、ダンベルでフィンガーカール、リストカール、リバースリストカールなどを行い、前腕の筋肉を鍛える
フィンガーボードを使用したトレーニングについては、本ブログでも以下の記事で扱ってますので参考にしてください。
フィンガーボードで筋肥大できるか(アイソメトリックの話) - May the friction be with you!
フルクリンプ鍛えるべきか問題(海外編) - May the friction be with you!
携帯型フィンガーボード
フィンガーボードは、なんらかの方法で固定する必要があり、住宅環境によっては少し設置しづらいこともあると思います。バスタオルと携帯型フィンガーボードがあれば実施できるシンプルなトレーニング方法をpowercompany climbingが紹介しています。
Home Finger Strength for Climbers with Minimal Equipment
バスタオルを支点にしてドアを挟んで、しゃがんだ状態でフィンガーボードを引っ張ります。自身の力の入れ具合で負荷を調整するので、クレーンスケールなどを使うと、何kgの負荷となっているか確認できます。
体幹のトレーニング
Latticeは道具がほぼ不要な体幹トレーニングメニューをまとめています。
Lattice 6 Minute Core Workout: Floor Based!
30秒ワーク30秒レストを6メニュー実施することで、1セット6分で終わるコンパクトなメニューです
上半身拮抗筋、足(3/28追記)
腕立て、ピストルスクワットなど、拮抗筋や足のワークアウトが、まとまった動画です。初心者、中級者、上級者毎に段階的にワークを提案してくれているので、自身に合ったワークを見つけやすいと思います。
Home Workout | Rebalance & Rebuild Your Body!
このチャンネルは、初心者向けにクライミングのムーブの考え方やコツもわかりやすく解説していておすすめです。
在宅トレーニング用具
TrainingBetaでは、今までに出てきたフィンガーボードやダンベルの他、TRXやケトルベルなど、自宅でトレーニングする際に有用かつ場所を取りにくい用具をまとめて紹介しています。
これらの用法をpodcastで解説してるので、合わせて聞いてみるのもいいかもしれません。
終わりに
上記の他にも様々なサイトでトレーニング情報がシェアされていますので、有用なものがあれば追記していこうと思います。ジムや岩場のクローズが進まずに済めばそれに越したことはありませんが、在宅でトレーニング環境を整えるのは、今回の事態が収束した後にも無駄になるものではありませんので、この機会に備えておくのもよいのではないでしょうか。
BFR(血流制限)トレーニングとクライミング
エネルギーシステムの話は一旦お休みにして、先日購入したトレーニング器具の話をします。
上の写真がそれで、BFRトレーニングを行うためのバンドと空気圧設定ポンプです。BFRはBlood Flow Restriction(血流制限)の略で、バンドを腕や脚に巻いて血流を制限した状態でトレーニングする事により、軽い負荷の運動でも乳酸濃度を高めて筋トレ効果を得られる、というのが売りになってます。
BFRトレーニングは、血流を制限して行うという特性から、トレーナーに指導を受けて行うことが強く推奨されてます。本記事は素人の管理人が自己責任で行った内容を書いてますので、こんなものがあるんだなくらいの気持ちで読んでいただき、興味が出たら、BFRトレーニングを扱っているトレーナーに相談してください。
BFRトレーニングとは
トレーニングの対象箇所
だいぶ前に加圧トレーニングとしてブームとなりましたが、基本的な考え方は同じものと考えて差し支えないです。人間の体を体幹と四肢(両腕、両足)に分けると、四肢の付け根にバンドを巻いて血流を制限した状態でトレーニングするもので、主なトレーニングの対象は四肢となります。
基本的な原理
BFRトレーニングで制限する血流は、主に静脈をターゲットにしています。バンドでかける圧力を調整し、四肢に流れ込む血液(動脈流)は流れ続けつつ、心臓へ戻る血液(静脈流)は制限をかけるようにします。
こうした状態で運動した時に何が起こるかというと、老廃物が蓄積し、筋肉環境が酸性化・低酸素化します。
血液はざっくり言えば、新鮮な酸素や栄養を体の各組織に届け、老廃物を回収して腎臓などで処理して心臓に戻る機構なので、静脈流を制限すると老廃物が蓄積します。これは高強度の運動を行なっている時に起きることと類似しています(高強度の運動を行うと毛細血管が物理的に圧迫されて血流が制限される)。これを20〜50%強度の運動で擬似的に作り出すのがBFRトレーニングの肝です。
筋肉が酸性化・低酸素化すると、大きく以下2つの事が起こります。
- 速筋(type2筋繊維)の動員
- 成長ホルモンのリリース
酸性・低酸素の状況下では、遅筋(type1筋繊維)の機能が低下し、速筋が動員されます。そして、テストステロンやIGFなどの成長ホルモンがリリースされます。これらの効果は筋肉を大きくする(筋肥大)ために必要となる要素で、本来、有酸素レベルの強度運動では達成できないところ、血流制限することで無酸素レベルの負荷の運動が行われたと筋肉を騙してあげるのです。
効果と適用シーン
原理で述べた通り、期待できる効果の主体は筋肥大です。弱い環になり得る要素(肉体的要因編) - May the friction be with you!で述べた通り、筋肥大しただけでは、本当に必要な筋力への影響は限定的なので、筋動員を高める神経系のトレーニングも別に行う必要があるでしょう。
BFRトレーニングの大きな特徴は、軽い負荷で効果が得られることです。その負荷は最大筋力の20%〜30%で、筋肉を構成するタンパク質の分解が殆ど起きないのに加え、腱・靭帯などの軟部組織への負荷も軽いです。そのため、怪我・故障からのリハビリ中に実施可能なトレーニング手段になります。
また、自分は40代になって実感しているのが、回復の遅さです。筋肉組織はまだマシですが、軟部組織は労わらないとすぐ故障してしまいます。ベテランクライマーはBFRトレーニングをメニューに組み込む事で、怪我防止と筋力アップを両立させられるかもしれません。
例:高強度トレ→1日レスト→BFRトレ→1日レスト→高強度トレとする事で、軟部組織への強いストレスを3日開けるなど
用具と装着方法
自分が購入したのは、Tyler NelsonがおすすめしているBstrong社のバンドです。
送料込みで370$くらい+関税が2000円程度でした。高く感じますが、空気圧調整ができるBFRバンド、加圧バンドは、20万円以上するものが多く、それに比べるとかなりリーズナブルかと。
動画に従って上腕のサイズを測ります。適正サイズ自分は30.5cmで、size#1を購入しました。
装着場所もサイズを測った場所と同じで、上腕二頭筋の力こぶと、三角筋の間あたりにバンドを巻きます。巻いたら、メーターのついた空気ポンプをワンタッチで装着して空気圧を調整します。
クライミングトレーニングへの応用
Tyler Nelsonのプロトコル
ソルトレークシティのカイロプラクティック医院CAMP4 HUMAN PERFORMANCEを経営し、ストレングス&コンディショニングコーチでもあるTyler Nelsonが、クライミングに効果的なBFRトレーニングメソッドを動画で解説してくれています。
Train your fingers with blood flow restriction
メソッド自体は単純で、動画を見れば英語がわからなくても概ね理解できると思います。テキストでも以下に記しておきます。
- ウォームアップは事前に行っておく
- 携帯型フィンガーボードに重りを装着する
- BFRバンドを腕に装着して空気圧を調整(200mmHg〜250mmHg)
- 2のフィンガーボードを体の前側に置き、オープンハンドで保持して、腰の辺りまで持ち上げる
- 4の姿勢を維持して、指を巻き込む
- 5を15〜30回ほど繰り返す
- フィンガーボードに7秒程度ぶら下がる
- 5〜7を1セットとして7回程度繰り返す(セット間レストは30秒)
- 5分レストしてからバンドを外す
重量負荷は、7の最後に限界となるような重量負荷を選ぶことがポイントです。成人男性だと20〜30kg、成人女性だと15kg〜25kgくらいの事が多いようですが、人それぞれで調整するとよいでしょう。
管理人がやってみた感想
実際にやってみたところ、前腕は見事にパンパンにパンプしました。
30手くらいの限界ギリギリの長手物ボルダーをやった後のような張り具合、といった感じです。一方、指の関節への負荷は想定通りマイルドです。現在、左手中指の関節炎がなかなか完治せず苦しんでますが、痛みも出ず、寧ろ血流がよくなって心地よい感じです。
携帯型フィンガーボードは、Tylerはtension climbingのflash boardを使ってますが、両指をかけて巻き込めれば何でもいいので、自分はgstringを使いました。ivouあたりも良さそうですね。
なお、重りのぶら下げは、ダンベルプレートにロープを通してますが、グラグラしてイマイチですので、きちんとしたローディングピンを使った方が快適と思います。ピンチを鍛える際のぶら下げにも使えますので。
カロノ王回復法
実は加圧トレーニングのクライミングへの適用は、今から10年以上前に、故新井祐己さんが通過した場所です。新井さんは、クライミング能力自体の向上目的ではなく、疲労回復促進に適用する事を提案しています。改めて驚異的なイノベーターです。(加圧トレーニング協会は権利関係にシビアであることをふまえ、カロノ王回復法なんて言い方をしていました。)
ふと思い立ったのは「血管拡張による血流促進」にはメチャメチャいいんじゃないか、ということです。(中略)
作用機構としては、静脈を圧迫しても動脈流は流れ続けるわけなので、毛細血管に激しく圧力がかかります。するってーと、これは血管太くなるんでしょうな。そりゃ毛細血管網も発達しましょうて。で、その後にベルトを解放しますと、ドバーッと反動で血液量が4割増しになりまして、低酸素から一転して高酸素状態にまでなると。
これ、アイシングよりお手軽ですがな。一日何度でも締め開けできまっせ。
引用元:Rock & Snow No.38「ハードコア人体実験室」 山と渓谷社
新井さんは、加圧バンドを締めた状態で実際のクライミングも試したものの、以下2つの理由から適正に追い込めず、クライミングトレーニング自体には適さないと結論しています。
- クライミング中は筋肉の血流ポンプ作用が働き静脈流が解放されてしまう
- 1に加え、手を心臓より上に上げる姿勢のため、血流が心臓に戻りやすい
Tyler Nelsonのプロトコルはその辺りも考慮しています。クライミングの姿勢に拘らず、心臓より手を下げることで、血流ポンプが作用してもなるべく静脈流が解放されないように工夫しつつ、30秒のレスト時間を挟んだインターバルトレーニングとすることで、レスト中にしっかり静脈流を制限するようになっています。
まとめ
- BFRトレーニングは静脈流を制限して低負荷運動を行い、筋肥大効果を得る
- クライミング向けには、実際のクライミングを行うのではなく、手を心臓より下げた姿勢でフィンガーロールを行う
- 短いインターバルで繰り返す事により、筋肉の酸性化・低酸素化が進み、老廃物が蓄積して効果が最大化する
といったところです。冒頭にも述べた通り、こんなものがあるんだと思っていただき、興味があればBFRトレーナーに指導を仰ぐのがよいと考えます。
それにしても、目新しいトレーニングに無闇に飛びつかない(シャイニーオブジェクト症候群) - May the friction be with you!なんてことを書いておきながら、思い切り新し物にハマっています。やっぱ真似しない方がいいかも。。
おわりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
参考文献
エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(ATP-CP機構 vol.2)
ATP-CP機構のエネルギー代謝を構成する主要物質はATPとクレアチンリン酸(CP)ですが、前回、このATPとCPの蓄積量はトレーニングで向上することはなく一定、という話をしました。CPはサプリメントで蓄積量を増やすことができますが、トレーニングによって体が適応して蓄積量が増えるということはないというわけです。
一方、ATP-CP機構の特徴(代謝の持続時間など)を考慮して、トレーニングを最適化することはできます。今回はクライミングにおけるハイパワートレーニングの方法論を考察します。
ATP-CP機構の特徴
最も大きな出力パワーが出せるエネルギー代謝
これは感覚的に理解してもらえれば十分だと思いますが、ATP-CP機構は乳酸性機構・有酸素機構に比べて大きな出力パワーを出すことができます(例:100メートル走はATP-CP機構が主体、800メートル走は乳酸性機構が主体)。自身の出せる最大出力に近いパワーを出さないと効果が少ないトレーニングは、ATP-CP機構が主体となっている運動時間(10秒程度)を考慮してトレーニング内容を組み立てるのが効率的です。
回復時間(1分で80%、3分で100%)
ATP-CP機構主体の急激な運動を行った後に、休憩(レスト)を行って有酸素機構で筋細胞内に十分なATPが回復すると、消費したCPが再生産されます。
レスト時間に伴う回復の割合は、1分で80%、3分で100%程度です。セット間の休憩時間は、この回復時間を考慮することで、やはりトレーニング内容を効率的に組み立てることができます。
ATPとCPの蓄積量は一定
冒頭にも述べましたが、体内のATPとCPの蓄積量は、トレーニングによって増やすことはできません。その限られたエネルギーで筋肉を収縮させることになるので、その収縮の運動エネルギーを出来るだけロスなく効率的に、ホールドを保持している指先まで伝達できることが理想です。
ATP-CP機構の特徴をふまえたトレーニング
トレーニング負荷とレスト時間
ATP-CPの蓄積量は一定なので、ATP-CP機構がエネルギー代謝の主役となるような爆発的なパワーを必要とする運動については、一定のエネルギー量を如何に効率的に使えるかがポイントになります。後に記しますが、筋肉に指令を出す神経系や、筋繊維・細胞外基質・腱などの生体組織が適応することで、ATPの生体エネルギーから運動エネルギーへの変換が効率的になっていきます。
このエネルギー変換の効率化を実現するためのトレーニングは、細かくはいろいろな方法があるものの、相対的にはATP-CP機構を最大限動員するようなハイパワーの運動を行うことになります。パワー = カ × 速度なので、力の面で言えばできるだけ重い重量を持ち上げる、速度の面で言えばできるだけ速く動く、などです。その際に、自身の発揮できる最大限に近いパワーでトレーニングをしなければ、最適 な効果は得られないということを意識してトレーニングプランを立てる必要があります。
トレーニング負荷
クライミングで重要となる、ホールドを掴む力のトレーニングとして、フィンガーボードを例に考えてみます。有名なフィンガーボード「Beastmaker」は、スマホで使えるトレーニングアプリがありますが、そのアプリで提供されているトレーニングメニューは以下のようなものです。
(7秒ぶら下がり→3秒レスト)×7回繰り返しを1セットとして、3分レストを挟んで複数セット実施
これは7-3リピーターと呼ばれるプログラムですが、このプログラムで自身の最大限に近いパワーを発揮できているかと言うと、否です。もし7秒ぶら下がりが自身の最大限に近いパワーだと仮定すると、3秒レストではCPは十分に回復せず、次の7秒は最後まで力がもたずに落ちてしまうはずです。7回繰り返しが達成できるのであれば、一回一回のハングに必要ととなるパワーが少なくて済むような大きさのホールドにぶら下がっていることになり、このようなトレーニングはどちらかというと解糖系機構を最適化する持久系トレーニングになります。
実際にぶら下がっている時間をカウントしてみると、7秒×7回=49秒になります。このトータル時間の観点でも、途中途中の3秒レストで少しずつ回復が入るといっても、解糖系がエネルギー代謝の主体となっていると言えます。最大パワーを発揮する目安として、実際にぶら下がっている時間が10秒程度かどうかを意識するとよいです。
この考え方をボルダーでのトレーニングなどにスライドしてみると、10手物くらいの課題は、どんなに早く登っても、ホールドを保持している時間が数十秒程度になりますので、解糖系主体になると想定されます。本当にハイパワーを向上させることを目的とするならば、3~5手程度で限界となるようなボルダー課題でトレーニングすることが必要となります。
レスト時間
トレーニング負荷の項でも触れましたが、自身の発揮できる最大限に近いパワーで負荷をかけるようにするために、きちんとレスト時間を設けることが重要です。最低でも1分ですが、理想は3分以上レストして、少なくともエネルギー代謝の機構は100%に近い回復をした上で、次のセットに進むようにしましょう。
トレーニングの例
MED Hang (Eva Lópezプロトコル)
12秒程度で限界となるようなサイズのエッジに10秒程度ぶら下がるのを1セットとし、3分程度休んで次のセットに進む方法です。3分程度休むことで、十分にATP、CPの蓄積量を回復させます。また、12秒ぎりぎりまでぶら下がると、フォームの崩れなどを招いて急に指が弾かれるなど、故障につながる可能性があることから、2秒の余裕を持たせています。限界ぎりぎりまでぶら下がらなくても、ちゃんとトレーニング効果はあるとのことです。
Dead Hang Training (5 of 6): The Minimum Edge Size Method (MinEd)
7-53 プロトコル
こちらはEric Hörstが一番気に入っていると公言している方法です。必要となる時間が短く、効率的なトレーニングが可能な点がポイントです。
MED Hangと同様に、10秒で限界となるようなサイズのエッジを選択します。そして、以下のようなメニューでぶら下がります。
(7秒ぶら下がり→53秒レスト)×3回繰り返しを1セットとして、3分レストを挟んで複数セット実施
CPの蓄積量が1分で80%程度回復することを活かして、ハイパワーに近い刺激を3分の間に3回かけることができます。フィンガーボードトレに熟練してきたら7-53プロトコルを取り入れることを検討するようにEric Horstは薦めています。
Training For Climbing - Finger Strength
4:30あたりが7-53プロトコルです。
ハイパワートレーニングによる適応
全体的なトレーニングの組み立てはここまでに述べてきた通りですが、ハイパワーを効率的に発揮するためのトレーニングを行うと、体は2つの観点で適応します。
1.神経系の適応
2.身体構造の適応
それぞれについて、適応の内容を紹介します。が、これらを知っておかないとトレーニグできないという内容でもなく、なんとなくそんなものがあるんだと眺めておいてもらえば十分だと思います。
神経系の適応
まず神経系の適応です。筋肉は多くの筋繊維が集まって構成されていますが、運動神経を通してそれらの筋繊維を収縮するような指示が脳から伝達されます。一つの運動神経は複数の筋繊維につながっていて、この筋繊維のまとまりを運動単位と言います。
例えば細かいホールドを全力で握りしめたとしても、指を曲げる筋肉(指屈筋)の全ての運動単位を動員できているわけではなく、遊んでいる運動単位があります。神経系を活発化させるトレーニングにより、できるだけ多くの運動単位を動員できるようにして、筋収縮のパワーを高めるのが神経系の適応です。
運動単位の動員
上にあげた、なるべくたくさんの運動単位を動員するようになる適応です。
発火頻度(レートコーディング)
ある運動単位を動員するために、運動神経は信号を送るのですが、その信号はパルスといって、点滅するライトのように繰り返し送られます。そのライトの点滅の間隔が短いほど、運動単位は繰り返し収縮する事になり、結果として多く収縮することになります。この点滅の間隔を発火頻度(レートコーディング)といい、トレーニングによる適応が可能です。
運動単位の同期
運動単位が複数収縮することで筋肉が全体として収縮しますが、それぞれの運動単位がバラバラのタイミングで収縮するより、同じタイミングで収縮した方が、より強い力を発揮することができます。ボート競技において、 手のオールを漕ぐ動きが同期していた方が、推進力が強いようなものです。トレーニングにより、複数の運動単位が同期して収縮するようになっていきます。
脳のリミッターを外す
これは少し今までのものと毛色が違います。仮に全ての運動単位が動員されて急激な収縮が起きた場合、 この運動に携わる筋肉や腱・靭 などの軟部組織、骨格などに過負荷がかかって怪我をしまう可能性があります。そのようななことを防ぐため、一定の閾値以上の筋収縮とならないように、脳が制御をしています。この閾値は、実際に怪我をするレベルより余裕ある値です。そのため、トレーニングでこの閾値を上昇させることで、より多くのパワーを出力できるようになります。
身体構造の適応
腱が固くなる
筋肉の収縮による運動エネルギーは、腱を経由して骨格に伝わり、作用点に働きます。作用点は、クライミングのホールディングで言えば指先です。感覚として理解しておけば十分ですが、このエネルギーの伝達が速い程、エネルギーロスが少なく効率的です。そして、伝達経路の組織が固い方が、エネルギーは速く伝わります。固いゴムバンドの方が、柔らかいゴムバンドよりも、縮むスピードが速いようなものと理解すればよいです。キャンパシングなど、素早く力を込める必要があるトレーニングを行うことにより、徐々に腱が固くなるように適応していきます。
サルコメア配列の適応
先に、筋肉は筋繊維が集まってできていると言いましたが、更に細かく見ていくと、筋原線維という細胞が寄り集まって筋繊維ができています。更にその筋原線維は、サルコメアという縦長の組織が連なってできています。サルコメア一つ一つの収縮が集まって筋肉全体として収縮するのですが、例えば4つのサルコメアが直列に連なっていた場合と並列に並んでいた場合、4つのサルコメアが同時に収縮すると仮定すると、直列に連なっていた方がより大きく縮みます。結果として、筋肉全体がより早く収縮できることとなり、収縮の運動エネルギーが速く作用点へ伝わることになります。腱の話と同様ですが、速くエネルギーが伝達される方が、エネルギーロスが少なく効率的です。長期的なトレーニングにより、徐々にサルコメアの配列が直列に揃っていく、というこ
うです。
細胞外基質(ECM)の適応
細胞外基質(ECM)という言葉自体は覚える必要はないですが、ここでは複数の筋繊維を束ねる膜のようなものだと理解してもらえばよいと思います。この膜がしっかりしていると、筋繊維の収縮が膜外の方向に逃げず、作用点までロスなく伝わるということのようです。これもサルコメア配列の適応と同じく、長期的なトレーニングに伴って発達するようです。
まとめ
- ハイパワートレーニングの適応は、神経系の適応と身体構造の適応がある
- ハイパワートレーニングは、自身の出せる最大出力に近い出力でトレーニングする事で効果を最適化できる
- 最大出力に近い出力を実現するため、10秒程度の運動時間を意識し、3分以上のレストを設ける
意識してトレーニングしている方には当たり前の内容かもしれません。トレーニング効果を最大化するために、やみくもに量をこなすのではなく、高負荷低回数を意識して質を高めるのがハイパワートレーニングのポイントでした。
終わりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
参考文献
Eric Hörstのpodcast
trainingforclimbing.libsyn.com
神経系の適応について
7-53プロトコルの紹介
レートコーディングの解説
サルコメアの配列の話
エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(ATP-CP機構 vol.1)
前回の投稿
エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(全体像) - May the friction be with you!
からの続きです。エネルギシステムトレーニングについて、各エネルギー代謝の機構ごとに深掘りしていきます。今回はATP-CP機構の1回目です。
ATP-CP機構におけるエネルギー生産の仕組み
まず、ATP-CP機構におけるエネルギー生産の仕組みを確認しておきましょう。
ATP-CP機構は、クライミングで言うと、ランジなどの爆発的なパワーを必要とするムーブを起こす際に、エネルギーを速やかに生産供給する機構です。筋肉を収縮させるために必要なエネルギーはATP(アデノシン三リン酸)で、筋細胞内に一定量蓄積されています。
実際の運動では、まずは筋細胞内に蓄積されているATPが使用されます。この既存のATPは数秒で枯渇しますが、筋細胞内に存在するクレアチンリン酸がリン酸を放出し、同じく筋細胞内に存在するADPと合体することにより、引き続きATPが生産されます(ローマン反応)。急激な運動を継続することができるように、この反応は極めて速やかに進みます。
しかし、筋細胞内のクレアチンリン酸の蓄積量も限られているため、クレアチンリン酸の枯渇とともに、この機構でのATP生産はストップします。更に無酸素系のハイパワー運動を継続するには、糖や脂肪を原料とする乳酸系機構にATP生産の主体が移行します。
急激な運動が終わり、穏やかな運動(もしくは休憩)になると、有酸素機構でATPが生産されるようになります。ATPが十分に回復すると、今度はATP生産とは逆の反応によってクレアチンリン酸が再生産されます。これにより、再びハイパワーの運動を行うための準備が整うことになるわけです。クレアチンリン酸は、おおよそですが、1分で80%、3分で100%に回復します。
ATP-CP機構自体はトレーニングできない
ここまで登場してきた物質は有機物や無機物で、それらの反応はいわゆる生化学的な反応です。この反応プロセス自体は、何らかのトレーニングで改善できるのでしょうか。例えば、キャンパシングなどのハイパワートレーニングによって、体が適応してクレアチンリン酸の蓄積量が上がって、ATP-CP機構の持続時間が長くなるなんてことがあれば嬉しいです。
しかし、乳酸性機構や有酸素機構はトレーニングによる改善が期待できるのですが、残念ながらATP-CP機構自体はトレーニングでは改善しないようです。唯一、クレアチンリン酸の再生産に必要となるATP量の回復速度は、持久系トレーニングで改善できるのですが、これは有酸素機構のトレーニングとなります。
サプリメントによるATP-CP機構の強化(クレアチン)
トレーニングによる強化はできないのですが、サプリメントによる強化は期待できるので考察してみます。ATP-CP機構を強化するサプリメントは、クレアチンリン酸の元となるクレアチンです。
クレアチンのメリット
クレアチンとクレアチンリン酸の体内蓄積量は、それぞれ合わせて、体重70kgあたり120gくらいです。大体1日に1~2g程度が排出され、体内でアミノ酸から生産されたり、クレアチン自体を食品から摂取したりすることで補給されます。クレアチンは、植物からは殆ど摂取できないので、ヴィーガンの方などは不足しがちです。
クレアチン及びクレアチンリン酸の体内蓄積量ですが、1日の排出量より多くクレアチンを摂取することにより、160g程度まで蓄積が可能です(ローディング)。体内のクレアチン量が増加することにより、以下のようなメリットがあります。
- ATP-CP機構の継続時間が伸びることで、ハイパワー出力の時間が伸びる
- 1項の副次効果として、トレーニングの負荷量が上がり、結果として筋肥大や最大出力の向上が期待できる
実際に、短距離走やウェイトリフティングなどの爆発的なパワーを必要とするスポーツを中心によく使用されています。国際スポーツ栄養学会の2018年報告では、筋肥大・パフォーマンスの向上において、明らかに安全で効果のある(エビデンス・レベルA)サプリメントと評価されています。
このあたりのクレアチンの効果は、筋トレのパフォーマンスを最大にするクレアチンの最新エビデンス - リハビリmemoにしっかりまとまっているので参考にしてください。
クレアチン摂取によるデメリットの考察(水分の蓄積)
クライミングへの適用を検討する場合、一点考慮しておかなければならない副作用があります。それは、水分の蓄積による影響です。
クレアチンをローディングすると、細胞内に水分を溜め込む性質があると言われています。この水分の蓄積は、クライミングに対して2点のデメリットがあるということをEric Hörstは自身のpodcast Eric Hörst's Training For Climbing Podcast: Episode #21: Energy System Training (part 1) - Alactic Power Training で指摘しています。
体重の増加
1点目は体重の増加です。体重1kgあたり0.3g/日のクレアチンを1週間程度摂取すると、体内のクレアチン・クレアチンリン酸蓄積量は満タンになりますが、水分の影響で体重も1kg程度増えてしまいます。この増加した水分は筋出力増には全く寄与しないため、運動という観点では只の重りです。
クライミングは、重力に逆らって上に登っていくという性質上、体重とパワーの比率(パワーウェイトレシオ)が極めて重要なスポーツです。若干ハイパワー出力できる時間が伸びるとはいえ、1kgの重りを背負うのはかなりのデメリットとなります。
細胞のサイズ増による毛細血管の圧迫
2点目は、毛細血管の圧迫です。クレアチンが溜め込む水分により、筋細胞のボリュームが大きくなり、その結果として筋肉内の毛細血管が圧迫され、パンプしやすくなることがデメリットです。
ハイパワー出力が続くクライミングにおいても、一手ずつ手を出していく中で岩をホールドしていない手には瞬間的な血流を通して筋細胞に酸素が供給され、わずかながら有酸素機構によるATP供給されています。この瞬間的な血流が、毛細血管の圧迫により阻害されてしまい、無酸素系のエネルギー代謝に頼る量が多くなってしまって、結果的にハイパワー出力が早くガス欠してしまうのです。
水分蓄積の最新エビデンス(デメリット解消の可能性)
上記2点のデメリットがあるならば、クライマーはクレアチンは摂取しない方がよいのと考えてしまいますが、最新の研究結果では一概にそう言い切れないようです。
上記のサイトで、クレアチンの水分蓄積についてまとめています。要約すると、
- 大量のクレアチンローディング(20g/日程度のクレアチンを1週間程度摂取)することで、水分蓄積が起こる
- 少量のクレアチン(3g〜5g/日)を継続摂取した場合には水分蓄積は起こらず、1ヶ月程度で体内のクレアチン量を満タンにできる
2点目についての研究は、二重盲検比較試験を行っているもののサンプル数が若干少ない(19名)ので、追加検証が待たれます。正しければ、先に挙げた二点のデメリットは解消できる可能性が高そうです。管理人は、かねてよりEric Hörstの説を支持してクレアチンは摂取していなかったんですが、今回改めて最新の状況を知り、人体実験してみようと考えています。
その他のサプリメントについて
ATP-CP機構に関連するサプリメントで、明らかに効果があるものとしてクレアチンを挙げましたが、ベテランのクライマーの中には、過去にRock & Snowで連載されていたハードコア人体実験室で言及されていたサプリメントを覚えている方もいるかもしれません。それらについて、最新の状況を付記しておきます。
クレアチンエチルエステル
クレアチンといえば、パワーも出るけど体重も増えちゃうので、いまいち微妙と取られがちでしたが、このクレアチンエチルエステルってのは、まあ吸収がいいわけですね。んで、旧来のクレアチンだと吸収率が低いために、細胞外にクレアチンが残ってしまい、それが無駄に皮膚下に細胞外水を貯留してしまってました。ですが、エチルエステル化することにより細胞膜を拡散輸送で通過できるようになったため、吸収率がよくなり、細胞外に水を貯留することもなくなったというわけです。すなわち、必要量が少量で体に吸収されるので、それほど体重も増えずにクレアチンをため込むことができるっつーことです。
出典: Rock&Snow 037 「ハードコア人体実験室」 山と渓谷社
クレアチンサプリメントにも様々な形態があり、ハードコア人体実験室ではクレアチンエチルエステルが紹介されていました。クライミング界隈はさておき、筋トレ業界では当時かなり流行ったようです。しかし、クレアチンエチルエステルは経口摂取してもクレアチンを生成せず、人体としては老廃物となるクレアチニンになってしまうという研究結果があり、効果はなさそうです。
クレアチンエチルエステルのクレアチニンへの非酵素的環状化 | 文献情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター
クレアチンを購入する際には、一般的なクレアチン・モノハイドレートを購入しておけばよいでしょう。
リボース
クレアチンやクレアチンリン酸ではなく、ATP自体の蓄積量を上げるために、リボースの摂取も紹介されていました。
ATP系のキャパ上げるためには、リボースな
んかをサプリメンテーションするといいんじゃ
ないでしょうか。リボースはATPの構成要素で
すんで、AMPやADPからATPをつくるときに役立
つといわれてます。まあ、純粋にカラメルみた
いでおいしいのでレスト中にどうぞ。
出典:Rock&Snow 025 「ハードコア人体実験室」 山と渓谷社
こちらについても、先にあげた国際スポーツ栄養学会で、パフォーマンスの向上について「効果や安全性を裏付けるエビデンスがほとんどない」という評価のエビデンスレベルCとなってますので、あまり効果はなさそうです。
まとめ
本当は、クライマーにはクレアチンは効果が薄いということを書こうと思ったんですが、調べていくうちに逆の結果になってしまいました。以下にまとめます。
- ハイパワーを必要とする急激な運動ではATP-CP機構が主要なエネルギー代謝を担うが、持続時間は短い
- 持続時間を長くするため、クレアチンをローディングするのが効果的
- クレアチン・モノハイドレートを1日3g〜5g程度継続摂取することにより、不要な水分蓄積を起こさずに体内のクレアチン量を最大化できる
- クレアチンエチルエステルやリボースは、現時点では効果がないという評価
次回は、ATP-CP機構の特徴を活かして、普段のトレーニングに取り込むと効果が高そうなメニューを紹介するつもりです。
終わりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
エネルギーシステムを意識したクライミングトレーニング(全体像)
以前からブログ内で何度か言及しているエネルギーシステムトレーニングについて、数回に分けて紹介したいと思います。
今回は全体像を概観し、次回以降、ATP-CP機構・乳酸性機構・有酸素機構のそれぞれについて、仕組みやトレーニングの方法論、有効なサプリメントなどについて掘り下げるつもりです。
これらの情報はEric HörstのPodcastで詳細に語られており、その内容を咀嚼してまとめます。
また、日本語の情報としても、過去に故新井裕己氏のロクスノ連載「ハードコア人体実験室」にて概ね網羅して掘り下げられている他、そのエッセンスがクライミングコンディショニングブックにもまとまっています。
エネルギーシステムのおさらい
エネルギーシステムとは、生体内におけるエネルギーであるATPを生成する3種類の代謝経路を指します。クライミングで必要となる前腕の指屈筋をはじめとした様々な筋肉を収縮させるために必要となるエネルギーがATP です。運動に限らず、例えば何もせずに座っている際にも、心臓を動かすなどのために使われる、人間が生きていく上で必須のエネルギーとなります。(余談ですが、いわゆる死後硬直は、ATPが体内で生産されなくなることによって起こります。)
ATPを体内で生産される機構を大きく表の3つに分類します。ポイントは3種類の代謝経路はATPの生産にかかる時間と、ATPの生産を継続できる時間が異なるということです。例えば、ランジのような爆発的なパワーを必要とするムーブではATP-CP機構を中心にATPが生産されますが、持続時間が短いので、何度も何度も繰り返す事はできず、すこしパワーの落ちる乳酸性機構でのエネルギー生産へとシフトしていくのです。
ATPは、クライミング中に壁から落ちないようにするための貴重なエネルギー源ですので、如何に効率的に生産・消費するか、そのためのトレーニングの方法論がエネルギーシステムトレーニングという考え方です。
エネルギーシステム間の関係性
3種類のエネルギー代謝は生化学的なプロセスで、糖や脂肪などをインプットに化学反応が進み、ATPととそれ以外の物質がアウトプットされます。そのものずばりの名称ではないですが、生物の授業で習った方もいるはずです(例えば有酸素機構ですとTCA回路と電子伝達系など)。
エネルギー以外のアウトプットは、老廃物として体外に排出されるものもありますが、3種類の中の別のエネルギー代謝で再利用されるものもあり、その関係性をまとめたのが表2です。
有酸素機構でエネルギー生成できる状況になると、ATP-CP機構・乳酸性機構がストップした原因を取り除くことができる、というのがポイントです。具体的には、以下の2点になります。
- 有酸素機構が乳酸・水素イオンを消費→乳酸性機構がストップする原因である水素イオンの飽和を解消
- 有酸素機構がATPを大量生産して筋肉細胞内のクレアチンをクレアチンリン酸化→ATP-CP機構がストップする原因であるクレアチンリン酸の枯渇を解消
別の言い方をすると、ルートクライミングの際中にガバでレストしていたりとか、ボルダリングのトライとトライの間に休んでいるなど、有酸素機構でエネルギー生成できる状況になると、再びATP-CP機構や乳酸性機構を使用したハイパワー出力が可能となるということです。
ボルダリングコンペのベルトコンベア方式に備えてトライ間の回復を早くしたいなんていうときに鍛えるべき機構は、実は有酸素機構だったりするので、ボルダラーも有酸素機構をトレーニングすることによる恩恵を得られるシーンがあることは、覚えておくとよいと思います。
実例(Adam OndraのSilence完登における時間経過)
上記のエネルギーシステム間の関係性がよくわかる考察をEric Hörstが行っているので紹介します。
2017年にAdam Ondraが世界最難ルート (2020年3月現在)であるSilence 5.15dを初登した際の動画ですが、11:00より、同ルートの核心であるV15パートから終了点にクリップするまでの一連の過程を見ることができます。
ルートクライミングをやる方ならわかると思いますが、登っているときのスピードは驚異的で、かつムーブも極めて正確です。この動画から登っている時間とレストの時間を抽出したものが以下になります。
改めて各パートで高難度が続くことに驚きますが、実際に登っている時間を見ると、各パート60秒以内に収まっていることがわかります。V10~V15というパートはAdam Ondraと言えどもほぼ無酸素性のエネルギー代謝しか働かない状況と推測され、できる限り正確に素早く動くことで、ATP-CP機構・乳酸制機構がストップしないうちに駆け抜けているということです。
そして、レスト部分で有酸素機構のエネルギー代謝を働かせ、次のボルダーパートに備え、水素イオンの除去、クレアチンリン酸の蓄積に努めます。
成功時のタイムは表の通りですが、レッドポイントまでのワークの過程で各々のムーブやレストを研ぎ澄ました結果の数値であることも注目に値します。例えばV15パート後のニーバーレストは、Adam曰くかなり悪いレストで、初めての際には数秒しか両手を離すことができなかったとのことです。これではその先のボルダーパートをこなすための回復ができないので、より長くレストできるようにするためにトレーニングを行い、最終的には4分もの間レストができるように適応してレッドポイントに成功しています。
また、V15パートを登っている時間自体も、2016年の夏の時点では65秒程度かかっていたところ、レッドポイント時は50秒までスピードアップ・最適化し、エネルギーの節約を実現しています。
なお、この解析は、Eric Hörstが行ったものを抜粋、再構成したものです。リンク先で詳細に考察していますので、興味のある方はご覧ください。
まとめ
- クライミングの動きを実現するために筋肉を収縮させるエネルギーはATP。
- ATPは3種類の代謝経路(ATP-CP機構、乳酸性機構、有酸素機構)によって生成される。
- 3種類の代謝経路は、エネルギー生産のスピードと持続時間が異なり。ハイパワーを生み出すためには、ATP-CP機構・乳酸性機構が必要だが、持続時間が短い。
- 有酸素機構でのエネルギー生成が進むことにより、ATP-CP機構・乳酸性機構がストップしていた要因が取り除かれ、再びハイパワー出力できるようになる。
各エネルギーシステムの関係性を中心とした概観は以上のようになります。次回以降、各システムに着目して掘り下げていきます。
参考文献
エネルギーシステムの概要はDNSのこのページがコンパクトにまとまっていてわかりやすいです。
クライマーズコンディショニングブックは、クライミング観点のエネルギーシステムが日本語でわかりやすく読めます。
新井祐己さんのハードコア実験室はロクスノのNo.022〜039で連載されていました。エネルギーシステム絡みはNo.025、No.037あたりで扱ってます。今見ても古くない情報をかなり扱っているので、ぜひバックナンバーを見かけたら読んでみてください。
終わりに
ここまで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。
データドリブンなクライミングトレーニング(Lattice Training)
これまで本ブログでは、クライミングのトレーニングやリハビリの方法自体について取り上げてきましたが、今回はそこから少し離れて、クライミングの実力向上に影響する要素を明らかにする研究の状況であったり、それらの研究に寄与するデータを大きくスケールさせ始めているユニークな会社Lattice Trainingの紹介をしてみます。
このようなトピックを取り上げた背景ですが、安宅和人さんの新刊「シン・ニホン」を読んだことにあります。
世界の産業構造が、データ×AIをベースに新たな価値を生み出していく構造へと変わる中、取り残されている日本の現状を事実ベースで鋭く描き出し、日本再生の勝ち筋と、そのために必要となる人材育成を鮮やかに提示しており、衝撃を受けました。
自身の本業(某社情シス)への展開がぐるぐる頭を巡っていますがここでは一旦置いておき、クライミングの世界においても、まだまだ科学的な解明の余地があるトレーニング理論の発展に、データドリブンなアプローチで挑もうとしている会社があることを思い出した次第です。
クライミング実力に影響する要素の研究
クライミングの実力は、様々な要素に影響を受けます。身長・リーチ・指の保持力などのフィジカル要素や、ムーブの洗練度・足置きの丁寧さなどのスキル要素、フォールへの恐怖心・集中力などのメンタル要素です。また、それらの要素もまた様々なトレーニング刺激によって向上します。
これらの関係性は、70年代から本格化したクライミングトレーニングに特化した研究や、クライマー間の経験値の口伝、出版を通して、徐々に明らかになってきています。
例えば、指の保持力とクライミンググレードの関係性につながる研究は、Eva Lópezが2004年に行なっています。
最高グレードがフレンチグレードで6b〜8c+まで散らばった集団において「特定のエッジサイズにぶら下がれる時間」の分布を現しています。例えばエッジサイズ14mm(水色の線)だと、75パーセンタイルのところが51秒なので、この集団では上位25%は51秒より長くぶら下がれる、下位75%は51秒はぶら下がれない、という事を現しています。
被験者はそれぞれ最高グレードを申告しているので、ぶら下がり時間との相関も確認できそうですが、残念ながらこのページではそこまで言及されていません。しかし、なんとなく、クライミングの実力に影響する要素と、実際の実力の関係性について研究が行われているということを理解してもらえればよいと思います。
研究データ収集の課題
このように、実際のクライマーを被験者として取得したデータを分析し、クライミングの実力に影響する要素は何か、その要素はどんな条件でどのくらい影響しているのか、その要素を効率的に向上させるトレーニング刺激はなんなのか、といったような事の研究が行われています。
ここで一つ課題となるのが、データの取得方法です。詳細は割愛しますが、取得したデータを統計解析の手法を用いて関係性を導こうとすると、データ数が多ければ多いほど、正確な関係性を表すモデルを導出する事ができます。
例えば、先に挙げたEva Lópezの実験では、被験者の特性が限られています。
そのため、全てのクライマーに普遍的に当てはめらるモデルを導出するには、地域・人種・性別・クライミングの嗜好などの偏りを考慮して解析できる充分多くのデータを収集する事が必要です。
そのスキームを作り出したのがLattice Trainingです。
Lattice Training
Lattice TrainingはUKのクライミングトレーニングサービス提供会社で、世界最難のワイドクラック「Century Crack(5.14b)を初登したワイドボーイズの1人、Tom Randallも創始者の1人です。
対面でのコーチングに加え、オンラインでのアセスメント、コーチングも行なっています。このようなクライミングのオンライントレーニングは広がりを見せており、アメリカではtrainingbeta、climbstrong、powercompanyなどがサービス提供を行っています。
大量データから明らかにする新しい知見
Lattice Trainingは取得するデータの多さ・多様性を元に様々な分析を行い、クライミングの実力とそれに影響する要素に関する新たな知見を次々と明らかにしています。これは、他の同業サービスが主にコーチの知見、経験に基づく指導を行なっているのに比べて、際立った特徴です。
例えば、上のpodcastでは、新たに得られた知見として以下のような情報を公開しています。
- 高身長と低身長が同じグレードを登ると、高身長は相対的に指力が要らない。高身長は低身長に比べて多くの要素でアドバンテージがあるが、唯一体幹力は低身長より強化が必要。
- 男性と女性では、女性の方が指力が少なくても登れるグレードが高い傾向がある。柔軟性が高く体が壁に近くでき、しなやかで効率的なムーブが実行できる事が原因と推測される。
- 女性の場合、指力よりも肩の安定性が弱い環になる傾向が強い。怪我しやすいという観点と、肩が安定しないと指力が強くてもホールドに力が伝わりにくいという観点。
- 「子供は大人に比べてパンプしにくい、乳酸がたまらない」は幻想。同グレードを登るために必要となる前腕の有酸素能力は、子供と大人で変わらない。
- BMI値とグレードの相関を取ると、グレードが上がるにつれてBMIは下がる傾向だが、ボリュームゾーンは健康的な数値に収まる
(男性は21〜24、女性は19〜22くらい)
Lattice Trainingがこれらの知見を明らかにできている理由は大きく2つあります。「測定器具とアセスメントスキームの標準化」「データアナリストの存在」です。
測定器具とアセスメントスキームの標準化
Lattice Trainingはクライミングの実力に影響する複数の要素を測定する方法を標準化しています。標準化する事で、測定方法の違いが結果に影響を及ぼす事を防ぐとともに、遠隔地の被験者がセルフで測定できるようになり、地域性の偏りが少ない大量のデータを得ることを可能にしています。
例えば指の保持力を測定するハングボードのような器具は、エッジのサイズや丸まり具合が製品によって千差万別で、測定結果に影響を及ぼします。その影響を排除するため、アセスメント用の推奨ハングボードを開発して販売しています。また、保持力の測定方法についてもマニュアル化されていて、アセスメントサービスを購入すると、マニュアル化された測定方法が指示され、被験者は指示に従って測定が可能です。
Lattice Training: Testing Finger Strength
また、プレミアムプランでは、同じく標準化された大きなシステムボードを使用して、クライミングの実動作を行なってアセスメントします。このようなボードを使用した測定は、被験者個人で行うのは難しいですので、Lattice Trainingではアセスメントを行えるコーチの認定制度を導入し、認定コーチがいるところでは世界中どこでもアセスメントができるように拡大を図っています。認定コーチは被験者のデータを測定し、測定結果を認定コーチがLattice Trainingに送付すると、アセスメントがフィードバックされるようです。
Matt Takes On The Lattice Training Assessment | Climbing Daily Ep.851
Lattice Trainingのホームページでは、どの場所でプレミアムプランのアセスメントが可能か調べる事ができます。2020年2月現在では、UK、オランダ、ドイツ、イスラエル、カナダ、アメリカ、シンガポールに展開されているようです。
データアナリストの存在
上記のスキームにより、大量のデータが蓄積されていきます。Lattice Trainingには、これらの大量のデータを解析するため、統計解析のスキルを持った人材が在籍しています。
数学の修士を取得した後、掃除機等で有名なダイソンでデータアナリストとして3年間勤務していた際に、Lattice Trainingに誘われ、参加して5年目との事です。参加した当初はExcelのスプレッドシートで管理されていた不揃いなデータをクリーニングして、大量データが扱えるように管理方法や収集方法を改善してきた苦労をpodcastで語っています。
クライマーとしても20年程度の経験があり、トレーニングに係る知見も活かしながら、解析を続けているようです。
未来のクライミングトレーニング考察
別データとのマッシュアップ
以上のようなデータセットが積み上がってきている状況ですが、今後、更に世の中のデータ×AI化が進むと、別データとのマッシュアップによるトレーニング進化も想像できます。例えば、遺伝子情報とLattice Trainingのデータセットを組み合わせて、最も効率的なトレーニング内容を立案するなんてこともできそうです。
例えば、筋肉や結合組織の回復速度に影響するホルモン量を考慮してトレーニング頻度を変えるとか、速筋と遅筋の割合によるトレーニング刺激内容を変えるなどです。
アメリカのクライミングコーチEric Hörstが自著の「Training for climbing 3rd edition」等で繰り返し述べていますが、自身が到達できる可能性のある最高グレードは、理論的には、遺伝子のポテンシャル内で最大限効率的なトレーニングをした結果であるということです。悲しいかな、誰もが誰もクリス・シャーマやアダム・オンドラになれるわけではありませんが、可能性の中で目一杯実力をストレッチするための最適解を導く一助になるのではないでしょうか。
センサーでのデータ収集
Lattice Trainingは、測定方式自体はアナログで、ストップウォッチでの保持時間測定や黙視でのテクニック評価だったりします。この測定方式もセンサーによるデジタル化が進みそうです。足元にかかる負荷をリアルタイムで計測して、指への負荷数値をスマホアプリで確認できるentralpi などはその先駆けでしょう。また、ウェアラブルカメラを装着して登り、視線データとスキル習熟度の関係を調べるなんていうのも面白そうです。
Introducing ENTRALPI -- Finger Force Testing and Training System!
終わりに
最後まで読んでいただきありがとうございました。お断りしておきますが、筆者はクライミング関連業務に従事しているわけではなく、医療関係者でもありませんので、記載内容を実際に適用される際には一次ソースを確認の上、自己責任でお願いします。